ほな、聞いてや〜。千葉にめっちゃデカい円形の道路があるっちゅうねん、知ってたか?
ホンマにコンパスで書いたみたいなんやで!
「UFOが作ったんちゃうか?」なんて噂もあるんやけど、実はこれ、昔、旧日本海軍の無線基地があった場所なんやってさ。
なんで円形なんかって?
それはな、昔は電波を飛ばすのに、めっちゃデカいアンテナが必要やってん。
そのアンテナが円形に配置されとったから、跡地がこんな形になったっちゅうわけや。
ほんでな、この円形道路、一周したら約2.5キロもあるんやて!
ちょうどええ運動になるんちゃう?
愛しのあの子と手を繋いで歩いたら、景色も新鮮やし、会話も弾むこと間違いなし!
戦争の歴史も学べるし、一石二鳥やで!
えっ?「そんなん、ありきたりやん」って?
そんなこと言うなや〜。
たまには、こんなちょっと変わったデートコースもええもんやで〜。😉
千葉の巨大円形道路、謎解くでぇ~!
この円形道路、実は昔、海軍の無線基地があった名残なんやてな。
せやから、ただ大きいだけちゃう、歴史が詰まっとるっちゅうわけや。
そんなん、聞いたら、黙ってられへんやろ?
面白おかしく、それでいてためになる話、聞かしたるわ!
なんで千葉に巨大円形道路があるん?
えらいこっちゃ!地図で見たらほんまに丸くてびっくりするやろ?
昔、そこに「船橋海軍電信送信所」っちゅう無線基地があったからなんや。
でっかいアンテナ建てるために、周りをぐるっと道路で囲んでたんやて!
いつ頃できた道路なん?
さかのぼること大正4年(1915年)、無線基地ができたんがその頃や。
ほんで、終戦後アメリカ軍に接収されて、日本に返還されたのが昭和41年(1966年)。
その跡地に団地とか公園とか作る時に、昔の敷地に沿って道路を作ったから、今の円形道路になったんやで。
どんな無線基地やったん?
当時は最先端の「長波無線」っちゅう技術を使っとって、なんと電線なしでアメリカ本土と交信できるハイテク基地やったらしいで!
真ん中に200メートルもある電波塔があって、周りを18本の副塔が囲んで、アンテナ線もビッシリ!
「東洋一」って呼ばれとったらしいわ。
戦争中はどんな風に使われとったん?
実は、あの有名な「ニイタカヤマノボレ1208」っちゅう暗号電文、ここから発信されたんやで!
真珠湾攻撃を伝える電文やったんや。
戦争前は、大正天皇とアメリカのウィルソン大統領が祝電交換したりもしてたんやて。歴史の光と影を感じるなぁ。
今は何も残ってないん?
無線基地は昭和46年(1971年)までに解体されてもうないけど、「船橋無線塔記念碑」が「行田公園」の中に建っとるで。
あと、畑の中に「海軍」って彫られた標石が残ってるとこもあるらしいで。
どんな人が住んでたん?
情報はあれへんねんけど、今は「行田団地」っちゅう住宅地になってるから、いろんな人が住んではるんちゃうかな。
昔は、円形道路の内側で農家の人たちが畑仕事をしてたんやって。
円形道路はどれくらいの大きさなん?
直径は約800メートルもあるんやで!
一周したら約2.5キロメートルぐらいになるらしい。
ウォーキングとかサイクリングにちょうどええんちゃう?
円の中はどうなってんの?
「行田団地」っちゅう住宅地が広がっとって、真ん中あたりには「行田公園」っちゅう広い公園もあるんや。
公園には、サイクリングロードや芝生広場、花時計なんかもあるみたいやで。
実際に見に行ったら何かわかるん?
円形道路を歩いてみたら、昔の無線基地の大きさを体感できるで。
あとは、公園にある記念碑を見れば、当時の様子がわかるかもな。
他に何か面白い話ある?
あまりにも綺麗な円形やから、「UFOが作ったんちゃうか?」なんて噂も流れとったらしいで!
どうや?千葉の巨大円形道路の謎、ちょっとは解けたか?
ほんまはただの道路やない、歴史が詰まった場所なんやで!
まとめ
千葉の巨大円形道路、デートコースにええんちゃう?って話やねんけど、ぶっちゃけ、一周したら愛が深まるかっていうのは、保証の限りちゃうで!
なんでかっていうたら、この道、元々は「船橋海軍電信送信所」っていうめっちゃ広大な無線基地やったんよ。
デカいアンテナ建てるのに、周りの土地もごっそり使わなあかんかってん。
ほんで、その名残で道路が円形になっとるだけやねん。
せやから、ロマンチックな雰囲気は皆無や! 愛が深まるかどうかは、二人の努力次第やで!
ほな、この巨大円形道路、どこにあるんかっていうたら、千葉県船橋市の行田2丁目と3丁目や。
近くには中山競馬場もあるさかい、デートのついでに寄ってみてもええんちゃう?
ほな、今日はこの辺で!