2025年12月23日。
日本ゴルフ界のレジェンド、“ジャンボ”尾崎将司さんが、S状結腸がんのため78歳で亡くなったと発表されました。
- 「そういえば、尾崎って兄弟もプロだったよね?」
- 「尾崎三兄弟って、どんな家族だったの?」
- 「成績はどのくらい違うの?」
この記事では、
- 尾崎家の家族構成・簡単な相関図
- 三兄弟それぞれのプロフィールと戦績
- 「三兄弟伝説」と呼ばれる名場面・名試合
- 長男・ジャンボと、弟・息子との家族ストーリー
をまとめていきます。
尾崎家の家族構成をざっくり整理してみる
まずは、イメージしやすいように
ざっくり家系図イメージから。
尾崎三兄弟
徳島県・海部郡(現在の海陽町)で生まれた尾崎家には、
有名な三兄弟のプロゴルファーがいます。
この三人がそろってツアーで優勝争いをしたり、
表彰台を独占したこともあり、
ファンから「尾崎三兄弟」「尾崎一家」「ゴルフ王家」などと呼ばれてきました。
長男ジャンボの息子・智春(ともはる)さん
さらに、ジャンボの長男もプロゴルファーです。
- 長男:尾崎 智春(おざき ともはる)
- 英字表記:Tomoharu Ozaki
- 生年:1971年4月28日
- ツアー出場経験あり(JGTO登録)
ツアー優勝こそありませんが、
「ジャンボの長男」として注目されながら
プロとして戦ってきました。
そして2025年12月24日、
この智春さんから公式に
「尾崎将司は12月23日、S状結腸がんのため永眠した」
という発表が行われています。
つまり尾崎家は、
- 兄弟3人がプロゴルファー
- さらに次の世代にもプロがいる
という、かなりレアな「スポーツ一家」だと言えます。
三兄弟それぞれのプロフィールと戦績比較
ここからは、少しだけ数字を使いながら、
三兄弟の実績の違いをやさしく整理します。
長男・ジャンボ尾崎(将司)
まずは長男、ジャンボ。
- 名前:尾崎 将司(おざき まさし)
- 生年:1947年1月24日
- 没年:2025年12月23日(78歳)
- 前職:プロ野球選手(西鉄ライオンズ)→その後ゴルフへ転向
- プロゴルフ主な実績:
- 日本ゴルフツアー通算 94勝(歴代1位)
- プロ通算 114勝クラス(113〜114勝とされる)
- 賞金王 12回(歴代1位)
- 日本オープン 5勝
- 日本プロ(日本PGA選手権) 6勝
ざっくり言うと、
「日本ツアーで、他の誰よりも圧倒的に勝った人」
です。
AON時代(青木功・尾崎将司・中嶋常幸)の中心として、
日本のゴルフ人気を大きく引き上げました。
次男・ジェット尾崎(健夫)
次男は、「ジェット」の愛称で知られる尾崎健夫さん。
- 名前:尾崎 健夫(おざき たてお)
- ニックネーム:ジェット(Jet)
- 生年:1954年1月9日(徳島県・海陽町出身)
- プロ転向:1977年
- 主な戦績:
- プロ通算 21勝
- 日本ゴルフツアー 15勝(歴代13位タイの勝利数)
「ジェット」というニックネームは、
スイングのキレと飛距離から来ていると言われています。
ジャンボほどの“怪物級”ではないものの、
普通に考えれば十分にレジェンドクラスの成績です。
三男・ジョー尾崎(直道)
末っ子は、「ジョー」の愛称で知られる尾崎直道さん。
- 名前:尾崎 直道(おざき なおみち)
- ニックネーム:ジョー(Joe)
- 生年:1956年5月18日(徳島県出身)
- プロ転向:1977年
- 主な戦績:
- プロ通算 38勝
- 日本ゴルフツアー 32勝(歴代4位)
- ツアー賞金王:2回(1991年・1999年)
ジョーは安定したショットと勝負強さで知られ、
日本ツアーの上位常連として長く活躍しました。
三兄弟の戦績を簡単に比較
数字をざっくりまとめると、こんなイメージです。
- ジャンボ(長男):
- 日本ツアー 94勝(歴代1位)
- 「桁違いの王様」
- ジェット(次男):
- 日本ツアー 15勝(勝利数ランキング上位)
- 「かなりの実力者」
- ジョー(三男):
- 日本ツアー 32勝(歴代4位)
- 「兄に次ぐトップスター」
普通のツアープロなら1勝するだけでもすごい世界です。
そこに、
- 94勝の兄
- 32勝の弟
- 15勝の弟
が同じ家族にいる、というのは
まさに「ゴルフ版・スポーツ名門一家」と言っていいでしょう。
「尾崎三兄弟伝説」と呼ばれる名場面
では、なぜここまで「尾崎三兄弟」が語られるのか。
数字だけでなく、物語としての強さもあります。
1999年「三兄弟で1位・2位・3位独占」の試合
尾崎三兄弟の話で、必ず出てくるのが
1999年の「三兄弟で表彰台独占」の試合です。
ある国内トーナメントで、
- 優勝:三男・直道(ジョー)
- 2位:長男・将司(ジャンボ)
- 3位:次男・健夫(ジェット)
という結果になりました。
試合の流れを簡単にたどると、
- 初日:直道が好調で上位発進、健夫もまずまず。
- しかしジャンボだけ大きく出遅れて49位タイ。
- 3日目:健夫が首位に立ち、「ジェット優勝か?」というムードに。
- 最終日:緊張から健夫がスコアを崩し、直道が逆転優勝。
- その間にジャンボがじわじわスコアを伸ばし、気づいたら2位に浮上。
結果、
日本ゴルフ史上でも珍しい「三兄弟で1・2・3独占」という
伝説の試合になりました。
このストーリーだけでも、
「ドラマかよ!」
と言いたくなるような展開です。
「兄がいない人生は未経験」健夫・直道の言葉
ジャンボの逝去が発表されたあと、
弟の健夫さんと直道さんが、
あるインタビューでこんな趣旨のコメントを出しています。
- 「同じ職業で70年、ずっと兄の背中を追ってきた」
- 「兄がいない人生は未経験だから……」
文章はそれぞれ違いますが、
どちらも「偉大な兄への感謝」と
「失った寂しさ」がにじむ内容です。
ツアーではライバルとして戦いながらも、
プライベートでは徳島の“兄やん”として
いつも心の支えになっていたことが伝わってきます。
数字上は「94勝の兄」と「32勝&15勝の弟たち」ですが、
心の中ではずっと「三人で一つのチーム」だったのかもしれません。
海外メディアからも「ゴルフ・ダイナスティ」と呼ばれる
1980〜90年代、海外メディアでも
“Ozaki golf dynasty(尾崎ゴルフ王朝)”
といった表現で、兄弟の活躍が紹介されています。
- ジャンボが日本ツアーで勝ちまくる
- ジェット・ジョーも優勝を重ねる
- さらに長男の息子・智春もプロ入り
という構図は、
海外の記者から見ても
「一族ぐるみでゴルフを支配しているようだ」
という印象を与えたようです。
ここまでくると、もう
「ゴルフ版・徳島のロイヤルファミリー」ですね。
息子・智春さんが見た「父と伯父たち」
長男・智春さんは、
少年のころから父と伯父たちの活躍を、かなり近い距離で見てきた人です。
- 1971年生まれ
- プロ入り:1999年
- JGTOに登録されたプロゴルファーとしてツアー出場経験あり
2000年前後には、
- 「ジャンボの長男がツアー初出場!」
- 「親子で同じ大会に出場」
といったニュースが話題になりました。
成績面ではまだまだ父とは比べものになりませんが、
それでも
・父は94勝の大レジェンド
・伯父二人も勝ちまくり
・自分もプロ
という環境で生きるのは、
想像するだけでプレッシャーがすごそうです。
2025年の訃報も、
この智春さんから発表されています。
日本中のゴルフファンにとっても、
家族にとっても、
とても大きな区切りの日になったと言えるでしょう。
「尾崎家を一言で説明すると?」という質問への答え
ここまで色々書いてきましたが、
最後に「じゃあ結局、尾崎家ってどんな家?」
という問いに、超ざっくり答えるとこうなります。
- 長男が化け物級(良い意味)
- 日本ツアー94勝・プロ通算114勝級・賞金王12回。
- 日本ゴルフ史の中でも別格の存在。
- 弟2人もふつうにレジェンド級
- ジョー:日本ツアー32勝(歴代4位)、賞金王2回。
- ジェット:日本ツアー15勝、プロ通算21勝。
- 兄弟で1・2・3フィニッシュというマンガみたいな試合を実際にやっている
- 1999年の「尾崎三兄弟の死闘」。
- 次の世代にもプロがいる、ガチのゴルフ一族
- 長男の息子・智春さんもツアープロ。
- 数字の裏には、兄弟で支え合ってきた長い時間がある
- 健夫さん・直道さんの追悼コメントからも、「兄への感謝」が強く伝わる。
これだけそろえば、
「尾崎三兄弟伝説」と呼ばれるのも当然です。
これから「尾崎家」をどう楽しむか
現在は、三兄弟とも現役全盛期を過ぎていますが、
今でもYouTubeやアーカイブ動画、記事、写真などから
尾崎家のゴルフを楽しむことができます。
おすすめの楽しみ方としては、
- 1990年代の試合ハイライトで、
兄弟それぞれのスイングの違いを見る - 「94勝のジャンボ vs 32勝のジョー vs 15勝のジェット」
という目線で結果表を見る - 2025年の追悼記事やインタビューで、
弟たちや弟子たちの言葉を味わう
数字としての強さだけでなく、
物語としての面白さを感じられると、
ゴルフがもっと身近で楽しくなってきます。



