「予言が外れたら住職を辞めるって本当?」
2025年にかけて、「大地震が起きる」「大災難が来る」といった話題がネットで大きく広がり、その流れの中で日蓮宗の僧侶・三木大雲さんの名前も出てくるようになりました。
一部のSNSや掲示板では、
- 「予言が外れたら住職を辞めるって動画で言ってた」
- 「じゃあ引退するの?」
といった書き込みもあり、「引退」という言葉だけが一人歩きしている状態です。
この記事では、
- 三木大雲さんとはどんな人物か
- 「予言が外れたら住職を辞める」発言は本当にあったのか
- 現時点で本当に「引退」しているのか
- こうした“予言”とどう向き合えばいいのか
を整理していきます。
三木大雲とは?まずは基本プロフィールを整理
まず、「そもそも三木大雲って誰?」という人のために、簡単にプロフィールをおさらいしておきます。
- 本名・三木 大雲(みき だいうん)
- 1972年生まれ、京都市出身
- 日蓮宗の僧侶
- 京都・光照山蓮久寺(れんきゅうじ)の第38代住職
- 「怪談和尚」として怪談イベントやテレビ・ラジオに多数出演
- 『怪談和尚の京都怪奇譚』シリーズなど著書も多数
もともとは、暴走族の若者たちに仏さまの話を聞いてもらうために、「怖い話(怪談)」を入り口に説法を始めたのが、「怪談説法」のスタートだったと語っています。
その後、
- 怪談グランプリ優勝
- 「怪談王」優勝
- YouTubeチャンネルでの怪談説法配信
などを通して、「怖いけれど、どこか温かい話をする僧侶」として広く知られるようになりました。
「予言が外れたら住職を辞める」発言は本当にあったのか?
きっかけは「仏教コード」と“未来予言”ブーム
2024〜2025年ごろ、日本では「2025年7月5日に大災難が起きる」という噂が大きく広がりました。元になっているのは、漫画『私が見た未来』やその完全版などの内容です。
同じ時期に、三木大雲さんは
- 『お経から読み解く未来予言 仏教コード』(Gakken)
という本を出版し、「お経の中には未来に関わるヒントが書かれている」というテーマでインタビューなどにも登場します。
インタビューでは、
- お経に書かれた言葉を、現代の出来事に照らし合わせて読む
- 未来を当てることよりも、「どう生きるか」を考えるきっかけにしてほしい
という趣旨の話もしています。
ここで「予言」という言葉がメディアで使われたため、
三木大雲 = 未来を予言する僧侶
というイメージが一気に広がりました。
SNSで広がった「外れたら住職を辞める」動画の噂
その後、SNS上で
「年内に大地震が来なかったら住職を辞めると言っていた」
という感想を書いた投稿がいくつかシェアされます。
- 「そう言っている動画を見た」
- 「コメント欄には『辞めないで』という声もあった」
といった証言もありますが、問題の動画そのものは、現時点では見つけにくくなっている・非公開になっている可能性もあり、内容を正確に検証することは難しい状態です。
さらに、
- 「〇月〇日にこうなる」
- 「この日までに起きなければ〜」
といった具体的な日にちが、三木さん本人の発言なのか、動画編集側や視聴者の解釈なのかも、はっきりしない部分があります。
本当にそう言ったのか?現時点で言えること
現状、はっきりしているのは次の2点です。
- SNSやブログで「そういう動画を見た」という証言が複数あること
- しかし、その動画の公式な全文書き起こしや、寺側からの詳細な説明は公開されていないこと
つまり、
「予言が外れたら住職を辞める」という言葉を
三木さんがどの文脈で、どれくらい本気で言ったのか
を、外部から完全に検証するのは、今のところ難しいというのが正直なところです。
三木大雲は本当に“引退”したのか?最新情報を確認
「引退理由」というキーワードからは、
- すでに住職をやめた
- 僧侶をやめてしまった
というイメージを持つ人もいるかもしれません。
ですが、2026年1月時点で公開情報を確認すると、
- 光照山蓮久寺の公式サイトには、今も「住職・三木大雲」のプロフィールが掲載されている
- Wikipediaなどでも、「光照山蓮久寺 第38代住職」として現在形で紹介されている
- 2025年時点の記事やインタビューにも「三木大雲住職」として登場している
- イベント出演やYouTubeの更新も続いている
といった状況です。
また、三木さん自身やスタッフが、SNS上の誤情報について
「私が〇月〇日にこう言った、というのは事実ではない」
といった趣旨の説明をしている投稿も見られます。
結論:少なくとも「予言が外れたから引退した」という事実は確認できない
こうした公開情報を総合すると、
- 三木大雲さんが、
「予言が外れたことを理由に、すでに住職を辞めた」 - あるいは
「僧侶を完全に引退した」
という事実は、少なくとも公には確認できません。
現時点では、
「予言が外れたら住職を辞める」という強い言葉
+ 2025年の“7月大災難”騒動
+ その後も普通に活動している姿
が重なり、
- 「あの発言はどうなったの?」
- 「捨て台詞みたいに聞こえたけど、結局どうなったの?」
とモヤモヤしている人が多く、「引退理由」というキーワードを生んでいる、と考えたほうが自然です。
なぜそんな発言をしたのか?背景にある“防災”と“仏教的メッセージ”
ここからは、公開されている情報と一般的な仏教の考え方をもとに、「なぜそんな発言が出てきたのか」を整理してみます。
「覚悟」を見せるための強い言葉だった可能性
SNSで引用されている言い方は、
「年内に地震が来なかったら住職を辞める」
という、かなり極端で挑発的なフレーズです。
ただ、その背景には、
- どうしても「地震への備え」の大切さを伝えたい
- 「本気で言っているんだ」と感じてもらいたい
- 中途半端な言い方だと、誰も防災を真剣に考えない
といった思いがあった可能性も考えられます。
実際、地震予知ブームに乗ったセンセーショナルな情報が飛び交う中で、政府や専門家は
- 「日にちまで特定した地震予知は、科学的にはできない」
- 「根拠のない噂に振り回されないでほしい」
と繰り返し呼びかけていました。
そうした中で宗教者として、
- 「予言の真偽」よりも、「備えることの大事さ」を強調したい
- そのために、あえて覚悟の強い言葉を使った
という読み方もできます。
もちろん、だからといって極端な表現がすべて正当化されるわけではありませんが、
「防災の大切さを伝えたい」
という動機と
「視聴者の不安をあおり過ぎた」
という結果が、同時に存在してしまった
というのが、この問題の難しいところだと言えるでしょう。
「予言」は未来を当てるためのものではない、という立場
『仏教コード』などのインタビューで三木さんは、
- 「予言」という形を通して、今の生き方を見つめ直してほしい
- 「当たる・外れる」ではなく、「どう生きるか」「どう備えるか」が大事
といった趣旨の話もしています。
これは、もともと仏教の中で語られてきた
- 「無常(すべては変わり続ける)」
- 「いつ何が起きてもおかしくない世の中で、どう心構えを持つか」
というテーマにも、つながっている考え方です。
つまり、三木さんの本来のメッセージは、
「未来はこうなるから怖がれ」
ではなく
「いつ何が起きてもおかしくないからこそ、
今を大切に生きてほしい。備えもしてほしい」
という方向にあったと考えられます。
ただし、情報がSNSだけで切り取られて広まるなかで、
- そのニュアンスが十分に伝わらなかった
- 「当たるか外れるか」の部分だけが独り歩きした
という側面は否定できません。
「予言が外れた=責任を取れ」なのか?私たち側の視点も整理する
2025年7月5日をめぐる“予言ブーム”全体を振り返ると、
- 実際には、その日に日本で「歴史に残るような大災難」は発生しなかった
- その一方で、別の地域では大きな地震が起きている年でもある
- 噂やSNSの拡散が、日本の観光や経済に実害を与えた、という分析も出ている
など、「予言」や「スピリチュアル情報」との付き合い方を考えさせられる出来事でした。
法律の専門家のコメントなどでも、
- 予言や占いは「当たることもあれば、当たらないこともある」と社会的に理解されている
- 普通は「外れたからといって、すぐに法的な責任が生じるわけではない」
と説明されています。
もちろん、
- 恐怖をあおって高額な商品を売りつける
- 不安につけ込んで寄付や契約を迫る
といった行為になれば、別の問題になりますが、
「話をどう受け取るか」
「どこまで信じるか」
という部分には、私たち一人ひとりの“情報リテラシー”も問われています。
じゃあ私たちはどうすればいい?予言との賢いつき合い方
最後に、「予言」やスピリチュアルな話題と、どう距離を取ればいいのかを整理します。
「当たる・外れる」で一喜一憂しすぎない
- 予言の内容をきっかけに、防災や生き方を考えること自体は悪いことではありません。
- でも、「日付まで当ててくれる」と期待しすぎると、外れた時に大きな失望や怒りになります。
「当たるかどうか」よりも、
「それをきっかけに、自分の行動をどう変えるか」
ここにフォーカスするのが、いちばん健全な付き合い方です。
防災の情報は、公的機関の発信も必ずチェック
地震や津波などの情報は、
- 気象庁
- 各自治体の防災情報
- 緊急速報メール
など、公的機関の発表が最優先です。
SNSやYouTubeは、あくまで「参考」「きっかけ」にとどめておくと、過度な不安やデマに振り回されにくくなります。
宗教者やスピリチュアル情報は、「メッセージの意図」で読む
三木大雲さんのような宗教者の言葉は、
- 「この人は、何を伝えたいのか?」
- 「そのメッセージを、自分の生活にどう活かせるか?」
という視点で受け取ると、ずっと理解しやすくなります。
「予言が外れたら住職を辞める」という極端な言葉も、
- 本当に辞めるかどうかの“契約”ではなく
- 「それくらいの覚悟で防災を考えてほしい」という強いメッセージ
だった可能性は十分にあります。
だからといって全てが許されるわけではありませんが、
「この表現はどうだったのか」
「受け取る私たちは、どう距離を取るべきか」
と、両方の立場から考えてみると、見え方も少し変わってきます。
まとめ
ここまでの内容を、あらためて整理します。
- 三木大雲さんは、京都・光照山蓮久寺の第38代住職であり、2026年1月時点でも公式サイト等で「住職」として紹介され、活動を続けている。
- 「予言が外れたら住職を辞める」という趣旨の発言を聞いた、というSNS上の証言は複数あるが、その動画の全体文脈や公式な説明は十分に公開されておらず、発言の真意を外部から完全に検証することは難しい。
- 2025年7月5日をめぐる「大災難」騒動は、漫画やネットの噂が大きく広がったものであり、公的機関は「日付まで特定した地震予知はできない」と繰り返し説明している。
- 三木さん本人は、『仏教コード』などで「当たる・外れる」よりも、「どう備えるか」「どう生きるか」を考えてほしいというメッセージも語っている。
以上をふまえると、
「予言が外れたから引退した」
という事実は確認できず、
現時点では「噂レベル」と考えるのが妥当
と言えます。
むしろ、この一連の騒動から私たちが学べるのは、
- 予言やスピリチュアル情報を、どう“距離感”を持って受け取るか
- 防災や生き方のヒントとして活かしつつ、デマや不安に振り回されないこと
- 有名人の一言だけを切り取って拡散するのではなく、背景や文脈もできる限り確認すること
といったポイントではないでしょうか。
「引退理由」を探すよりも、
この騒動から、自分は何を学べるか?
という視点で考えてみると、ニュースや噂との付き合い方も、少し楽になるはずです。

