「荻原大翔って、どこの中学・高校出身なんだろう?」
「3歳からネコママウンテンで育ったって聞くけど、何がそんなにすごいの?」
Xゲーム優勝やミラノ・コルティナ五輪内定のニュースを見て、
こんな疑問を持った人も多いと思います。
この記事では、
- 荻原大翔の出身小学校・中学・高校・大学
- 茨城の平野部で育ちながら、どうやって雪山に通ってきたのか
- 3歳から滑っているネコママウンテンというスキー場の「環境のすごさ」
を解説していきます。
荻原大翔のざっくりプロフィール
まずは、基本情報を簡単にまとめておきます。
- 生年月日:2005年7月19日
- 出身地:茨城県牛久市
- 競技:スノーボード(ビッグエア/スロープスタイル)
- 3歳でスノーボードを始める
- 2017年、中学生でプロ資格を取得
- 2021・2022年 全日本選手権ビッグエア優勝(スロープスタイルも制覇)
- 2022年:世界初のBS2160(6回転)成功
- 2023年:W杯ビッグエア初優勝(スイス・クール大会)
- 2025年:X Gamesビッグエアで世界初のBS2340(6回転半)を決めて優勝
- 2026年:X Gamesビッグエア2連覇
- ミラノ・コルティナ2026冬季五輪 日本代表内定
10代のうちに、
「世界初」や「世界記録」がいくつも並ぶ、まさに“スピンモンスター”です。
出身小学校・中学校・高校・大学まとめ
まず、気になる学歴から整理してみましょう。
小学校:牛久市立向台小学校
出身小学校は、茨城県牛久市の 向台小学校。
牛久市の公式サイトでも、
「向台小学校、牛久南中学校卒業」
とはっきり書かれています。
平日は普通に公立の小学校に通い、
週末になると雪山へ…という生活だったことが分かります。
中学校:牛久市立牛久南中学校
出身中学は、同じく茨城県の 牛久南中学校。
中学時代のポイントはここです。
- 平日は学校生活+部活や勉強
- 週末になると父親と一緒に東北方面のスキー場へ通い、徹底的に練習
- 中学生だった2017年にプロ資格を取得
雪国ではない茨城から、
毎週のように雪山まで通うのは、想像以上にハードです。
それでも続けられたのは、
- 家族のサポート
- 「滑るのが楽しくてたまらない」という気持ち
この2つが相当強かったからだと考えられます。
高校:日本体育大学柏高等学校
高校は、千葉県柏市にある
日本体育大学柏高等学校(通称・日体大柏)に進学しました。
この高校はスポーツの強豪校として有名で、
- アスリート向けのクラス(ADLコース)で学びながら
- 海外遠征や国内大会にも出やすい制度
が整っています。
実際、学校の公式サイトには、
- 高校3年のとき、スイス・クールで行われたW杯ビッグエア第1戦で初優勝
- 在学中から世界を相手に戦っていたこと
が紹介されています。
「普通の高校生活+世界レベルの大会」
この両立をしていたわけです。
大学:仙台大学
高校卒業後は、宮城県の
仙台大学 に進学し、体育学を学びながら競技を続けています。
仙台大学は、スポーツ選手の育成に力を入れている大学で、
- トップアスリートが練習と学業を両立しやすい環境
- 競技レベルの高い仲間たち
がそろっていることで知られています。
茨城・牛久から雪山へ:中学時代の「週末スノーボーダー」生活
荻原大翔の大きな特徴は、
「住んでいるのは雪がほとんど降らないエリアなのに、世界トップまで登りつめた」
という点です。
牛久は“雪国”ではない
出身地の 牛久市 は、
東京の北東側、つくば市の近くにあるベッドタウン的な都市です。
- 冬に雪が積もるのは、せいぜい年に数回あるかどうか
- 当然、近所にスキー場はない
そんな環境で育ちながら、
どうして世界トップレベルのスノーボーダーになれたのか。
週末は東北の雪山へ
牛久市の広報や地方ニュースを見ると、
「市立向台小、牛久南中に通いながら、
週末は福島県や宮城県のスキー場で練習を重ね、中学生でプロ資格を取得」
といった説明がされています。
つまり、
- 平日:普通に学校へ
- 土日:早朝から車で東北のゲレンデへ移動
- 1日中滑って、夜に帰る
→ これを毎週のように繰り返す
という生活です。
親としてもかなり大変ですし、
本人も「スノーボードが心から好き」じゃないと続きません。
ここでカギになるのが、
3歳の頃から通い続けた福島県のスキー場、 ネコママウンテン です。
3歳から育った「ネコママウンテン」とは?
タイトルにもなっている
「ネコママウンテン」は、星野リゾートが運営する
福島県の大型スノーリゾート、
ネコマ マウンテン のことです。
ネコママウンテンってどこ?
場所は、磐梯山や猪苗代湖を望むエリアで、
- 福島県北塩原村・磐梯町にまたがる大きなスキー場
- 全33コース、スノーパークやツリーランなど多彩なエリアを持つ
- 初心者から上級者まで楽しめる国内有数のビッグゲレンデ
もともとは「アルツ磐梯」「猫魔スキー場」という2つのスキー場でしたが、
それがリフト・ゴンドラでつながり、
ひとつの大きな“山”として楽しめるようになっています。
3歳からネコママウンテンで滑り続けた
スキー業界のニュースによると、
「荻原選手は3歳の頃からネコママウンテンで練習を重ねてきた」
と紹介されています。
さらに、ネコママウンテンの特設サイト「荻原大翔×ネコママウンテン」では、
- 幼少期から旧猫魔スキー場で滑り続けてきたこと
- 父・崇之さんがハーフパイプ造成に携わっていた山で、
息子を遊ばせながら練習させていたこと
が語られています。
つまり、
「遊びの延長としてスノーボードを始めたら、
その“遊び場”が、のちの世界記録の舞台にもなった」
という、なかなかドラマチックな環境なのです。
ネコママウンテンの“パーク環境”がヤバい理由
ネコママウンテンが特に評価されているのは、
「スノーパーク(ジャンプやジブのエリア)」のクオリティです。
国内屈指のパークビルダーが造る“世界記録対応キッカー”
ネコママウンテン公式サイトによると、
- 国内最高峰のパークビルダー・山田雄二さん率いる専門チームが造成
- 国際大会規格のビッグキッカー(巨大ジャンプ台)が設置
- アジアオープンや国際大会の会場にも選ばれてきた実績
といった特徴があります。
この記事の中では、
「滞空時間をしっかり確保しつつ、
失敗しても大ケガになりにくい形状を徹底している」
という設計思想も書かれており、
これが世界レベルの高回転トリックを生む土台になっています。
実際、
- 7歳で公式戦デビュー
- 13歳でB1440(4回転)を世界最年少で成功*
- 15歳で1800成功*
- 世界初の2160成功前も、ネコマでひたすら練習
- W杯優勝後も変わらずネコマで滑り込む
と、キャリアの節目ごとに「ネコマ」の名前が登場します。
*一部は「非公式記録」として紹介されています。
「父の職場がそのまま息子のトレーニング環境」という強さ
ネコママウンテンのストーリー記事には、
こんなエピソードもあります。
- 父・崇之さん自身もハーフパイプ造成に関わるほどの“山側の人間”
- その山で、自分の子どもを遊ばせるところから全てが始まった
- 地形を活かした遊びの中で、自然とジャンプやスピンの感覚が身についていった
この話から分かるのは、
「最初から“練習練習!”ではなく、
楽しく遊んでいるうちに、結果としてとんでもなく上手くなっていた」
という育ち方です。
これは日本のトップスノーボーダーに割と共通しているパターンで、
- 子どもの頃から山や雪が“当たり前の遊び場”
- 大人が細かく教え込む前に、自分で感覚をつかんでしまう
という点が、
「技術」にも「スタイル」にも大きく影響しています。
東北クエストなど“オフトレ施設”との組み合わせ
もちろん、ネコママウンテンだけで世界トップになれたわけではありません。
インタビューを見ると、
オフシーズンや雪のない時期には、宮城県の屋外施設
- 「東北クエスト」などのジャンプ練習場
- エアマットに向かって飛び込む“ウォータージャンプ”系施設
を使い、1年のうち半分以上を「ジャンプ練習」に費やしていると話しています。
「筋トレなんて大嫌い。その元気があるなら滑ります(笑)」
という、印象的なコメントも残していますが、
裏を返せば、
- とにかく“滑る量”が圧倒的
- 映像を自分で細かくチェックしながら、空中姿勢を徹底的に修正
という非常にストイックなスタイルです。
ここでも、
- 平日:学校(中学・高校・大学)
- 休日:ネコママウンテンや東北クエストでジャンプ練習
という“二重生活”が続いているわけですね。
学校生活とスノーボードの両立:中学・高校それぞれのポイント
ここで一度、「学歴」と「競技の進化」を時系列で整理してみます。
小〜中学:牛久で暮らしながらプロへ
- 向台小学校:両親の影響で3歳からスノーボード開始
- 牛久南中学校:
- 平日は普通に中学生活
- 週末は福島や宮城のスキー場で練習
- 2017年(中学生)でプロ資格を取得
この時期に、
- 「雪がない地域に住みながら、どうやって滑り込むか」
- 「移動の負担をどう乗り越えるか」
という課題を、家族ぐるみでクリアしています。
高校:日体大柏で“世界の舞台”へ
- 日本体育大学柏高等学校に進学
- 学校のサポートを受けながら、国内外の大会に積極的に参戦
- 在学中に
- 全日本選手権ビッグエア優勝(2021年・2022年)
- W杯ビッグエア初優勝(2023年クール大会)を達成
勉強もこなしながら、
- 海外遠征
- 国内の強化合宿
- ネコママウンテンでの練習
を組み合わせていたわけですから、
時間管理や体調管理も相当シビアだったはずです。
大学:仙台大学で「競技一本+体育学」の環境へ
- 仙台大学に進学後、宮城という雪に近い土地で生活
- ネコママウンテン(福島)や東北クエスト(宮城)へのアクセスも良くなり、
さらに練習しやすい環境へ
高校までは「遠くから通う選手」でしたが、
大学では生活そのものが“雪に近づいた”ことになります。
ネコママウンテンとのスポンサー契約:環境がさらに加速
2025年10月、
ネコママウンテンを運営する 星野リゾート は、
荻原大翔とスポンサー契約を結んだと発表しました。
プレスリリースでは、
- 荻原選手は3歳の頃からネコママウンテンで練習してきた
- 福島を拠点に世界へ挑戦する姿を、今後5年間の長期契約でサポートする
という内容が紹介されています。
これはつまり、
「子どもの頃からの遊び場が、
プロになってからは“公式サポート付きのホームマウンテン”になった」
ということです。
- 安定した練習環境
- 大会や遠征へのサポート
- 特設サイトでのストーリー発信
など、環境面・情報面の両方でバックアップされるようになりました。
まとめ
最後に、この記事のポイントを整理して終わります。
学歴のおさらい
- 小学校:向台小学校(茨城県牛久市)
- 中学校:牛久南中学校(茨城県牛久市)
- 高校:日本体育大学柏高等学校(千葉県柏市)
- 大学:仙台大学(宮城県柴田郡)
育った環境のおさらい
- 両親の影響で3歳からスノーボードを始める
- 3歳のころからネコママウンテン(旧猫魔・アルツ磐梯)で滑り続けてきた
- 小・中学生のころは、牛久から週末ごとに東北の雪山へ通う“ハードモード”な生活
- 高校ではスポーツ強豪校・日体大柏に通いながら国内外の大会に出場
- 大学では雪に近い環境(宮城)に移り、さらに練習しやすくなった
- ネコママウンテンは、国内トップクラスのパークと安全設計のビッグキッカーを備え、
世界記録級トリックを支える“ホームマウンテン”となっている
「どこの中学・高校出身なの?」
という疑問からスタートすると、
- 茨城の公立小中学校で普通に育ち
- 千葉のスポーツ強豪校で世界の舞台へ出て
- 宮城・福島の雪山を“第二の家”のように使っている
という立体的なストーリーが見えてきます。
もしテレビや配信で荻原大翔の名前を見かけたら、
「あ、この人は牛久の公立小中から、
ネコママウンテンと一緒に世界のトップまで登ってきたんだ」
と、ちょっと背景を思い出してみてください。
ただの「スゴい人」ではなく、
「環境」と「家族」と「本人の努力」がガッチリかみ合った結果としての“6回転半”
だということが、きっとよく分かるはずです。







