女子カーリング日本代表・フォルティウスで活躍する小谷優奈選手。
最近、「実は400g台で生まれた超未熟児だったらしい」「NICUの卒業生らしい」といった話を、SNSやまとめサイトで見かける人もいるかもしれません。
結論から先にお伝えすると、
- 小谷優奈選手が「神奈川県立こども医療センターNICUの卒業生」であることは、病院側の公式ブログで説明されています。
- しかし、「出生体重が400g台だった」という具体的な数字は、公式な情報としてはどこにも出ていません。
- 400g台で生まれた赤ちゃんの話は、同じこども医療センターNICUブログにたくさん出てきますが、それは別の子どもたちのケースです。
つまり、
「400g台で生まれた?」は、今のところ“噂レベル”でしかなく、事実としては確認できない
というのが、この記事のスタート地点になります。
ここでは、むやみに数字だけを追いかけるのではなく、
- 小谷優奈選手とNICU(新生児集中治療室)の本当のつながり
- 神奈川県立こども医療センターで、どんな医療が行われてきたのか
- なぜ医師たちが、小谷選手の活躍を「希望」と呼ぶのか
を整理していきます。
小谷優奈選手は「NICU卒業生」
まず、一番大事な事実から。
神奈川県立こども医療センターNICUの医師が運営しているブログ
「がんばれ!! 小さき生命(いのち)たちよ」には、2025年12月の記事の中で、
フォルティウスの小谷優奈選手は、当院の卒業生であり、
赤ちゃんの頃にNICU入院・その後も小児循環器の診療で関わってきた患者さんです
という内容が書かれています(要約)。
同じブログの別の記事では、オリンピック最終予選の前に、小谷選手が「里帰り訪問」としてこども医療センターを訪れた様子も詳しく紹介されています。
そこで医師は、
- 昔NICUに緊急入院したこと
- その後、長く小児循環器の診療に通っていたこと
- 医師自身も、研修医時代の研究で小谷さんのカルテを読み、その大変さを覚えていたこと
などを振り返りながら、
「お誕生の日の大変さを知っている自分からすると、今の小谷さんの活躍は、なおさらすごい」
と書いています。
ここからわかるのは、
- 小谷優奈選手は「早く・小さく生まれた」だけではなく、
- 「肺動脈閉鎖」という重い先天性心臓病を持って生まれ、
- NICUを経て、小児循環器・心臓外科など、多くの医療スタッフの支えを受けて育った
という、とても重いスタートラインから人生を始めている、という事実です。
「400g台で生まれた?」という噂の正体
ではなぜ、「400g台で生まれた?」というフレーズがつきまとってしまうのでしょうか。
① NICUブログに「400g台の赤ちゃん」の記事が多数ある
同じNICUブログの別の記事には、
- 「400g台で生まれた赤ちゃんたちの未来」
- 「400gで保育器の中にいた子どもたちの3年先、4年先、9年先」
- 「出生体重400g台だった大地くん」
といったタイトルのエピソードがたくさんあります。
どれも、
・400g台で生まれても、ここまで育っている
・家族も医療スタッフも、ずっと頑張ってきた
・NICU改築の寄付や支援の大切さ
を伝える内容で、とても心を打たれるストーリーです。
おそらく、
- 「こども医療センター」「400g台で生まれた赤ちゃん」
- 「こども医療センター」「小谷優奈」「NICU卒業生」
この二つの情報が、ネットのどこかでごちゃ混ぜにされてしまった可能性が高いと考えられます。
② SNSの切り取りで「誰の話か」がぼやける
さらに、こども医療センターNICUの公式SNSでは、
- 「12年前に体重400g台だった男の子」の今の様子
- NICU卒業生たちの里帰りの写真
などが、写真と短いコメントで紹介されています。
そこに、
- 「#神奈川県立こども医療センター」
- 「#こども医療センターNICU」
- 「#小谷優奈」
といったハッシュタグが並ぶ投稿もあるため、パッと見ただけだと「400g台=小谷選手?」と勘違いしやすい構図になっています。
公式情報からわかること・わからないこと
ここまでの情報をまとめると、こうなります。
わかっている事実
- 小谷優奈選手は
- 肺動脈閉鎖という先天性心疾患を持って生まれ、
- 複数の病院からのリレーで神奈川県立こども医療センターにたどり着き、
- NICUに入院し、その後も長く小児循環器・心臓外科のフォローアップを受けてきた。
- 医師たちは、彼女を「NICU卒業生」として紹介している。
- こども医療センターNICUには、400g台で生まれた赤ちゃんたちのエピソードもたくさんある。
わかっていない(公表されていない)こと
- 小谷優奈選手の「出生体重」が何gだったのか
- 何週で生まれたのか(妊娠○週)
- 入院していた期間が何ヶ月だったのか
このあたりの数字は、本人や家族がどこかで具体的に話しているわけではなく、医療側のブログにも書かれていません。
にもかかわらず、「400g台で生まれたらしい」という言葉だけが一人歩きしている状態です。
ですから、この記事ではあえて、
「400g台で生まれた」とは断定せず、
「重い心臓病を持って生まれ、NICUと長く関わってきた」という確かな事実に絞って紹介
していきます。
NICUってそもそも何? かんたん解説
ここで一度、「NICUって何?」というところも簡単に整理しておきましょう。
NICUは、
Neonatal Intensive Care Unit
= 新生児集中治療室
の略です。
- 予定よりとても早く生まれた赤ちゃん
- 体重がとても軽く生まれた赤ちゃん(低出生体重児・超低出生体重児)
- 先天性心疾患や呼吸の病気など、重い病気を持って生まれた赤ちゃん
などが、24時間体制で手厚い医療を受ける場所です。
神奈川県立こども医療センターは、神奈川県の小児医療の拠点病院であり、NICUの改築や寄付のお願いに関するページでも、超低出生体重児(1000g未満)や400g台で生まれた赤ちゃんたちのケアを行ってきたことが紹介されています。
ブログを読むと、
- 「奇跡は特別などこかではなく、医療の現場にたくさんある」
- 「卒業した子どもたちの成長が、今もNICUスタッフの励みになっている」
というメッセージが何度も繰り返されています。
その“卒業生”の一人が、今カーリング日本代表として活躍する小谷優奈選手、というわけです。
神奈川県立こども医療センターとのストーリー
では、小谷優奈選手とこども医療センターとの関係を、時系列でざっくりたどってみます。
① 誕生〜NICU入院
医師のブログによると、小谷選手は「肺動脈閉鎖」という先天性心臓病を持って生まれました。
- 生まれた当時は、胎児のうちに心臓の病気を見つける「胎児診断」が今ほど進んでおらず、
- いくつかの病院・医療者のリレーを経て、神奈川県立こども医療センターに運ばれた
と記されています。
そこで、
- 命をつなぐための緊急の治療
- NICUでの集中治療
- その後の長期にわたる小児循環器・心臓外科でのフォローアップ
と、長い医療の道のりが続いていきます。
具体的な日数や手術の内容までは書かれていませんが、医師が
「カルテを読む研究の中でも、特に印象に残る患者さんの一人だった」
と振り返っていることから、当時の状況がいかに大変だったかが伝わってきます。
② 成長とフォローアップ
NICUを卒業してからも、
- 小児循環器科
- 心臓外科
- フォローアップ外来
などを通して、こども医療センターとの関わりは続きます。
ブログ全体を読むと、
- 400g台で生まれた子どもたち
- 重い心臓病や障害を持ちながら育ってきた子どもたち
が、小学校・中学校・高校・社会人へと成長していく様子がたくさん紹介されています。
小谷選手もまた、その中の一人として、
「医療とともに生きてきた子ども」から、「医療者に希望を与える存在」へ
と変わっていったのだろう、と想像できます。
③ 2025年の「里帰り訪問」
2025年11月、カーリング女子の五輪最終予選を前に、小谷選手はフォルティウスの一員として忙しい合宿の日々を送っていました。
その合間を縫うようにして、神奈川県立こども医療センターを「里帰り訪問」しています。
NICUブログには、この日のことがとても丁寧に書かれています。
- 新生児科の先生たちと、自分の誕生の頃の話を振り返る
- NICUに入院していた当時の看護師さんが、今も病棟にいて涙ぐむ場面
- 小谷選手が、「自分も、後輩の子どもたちやご家族を応援したい」と話してくれたこと
などが紹介されていて、読むだけで胸が熱くなる内容です。
医師はこの訪問を、
「希望をもらうNICU卒業生の里帰り」
と表現しています。
④ 五輪最終予選とオリンピック出場決定
その後、2025年12月。
フォルティウスは世界最終予選で勝ち抜き、日本女子カーリングとして8大会連続のオリンピック出場を決めました。
同じ日に更新されたNICUブログには、
- テレビ中継を見ながら感動したこと
- 「お誕生の日の大変さを知る自分には、小谷さんの活躍がなおさらすごく感じられる」
- 「小児医療とともに生きる子どもたちや家族、スタッフが希望を感じる存在になれるはずだ」
といった言葉が綴られています。
NICUの医師から見れば、小谷優奈選手は、
「昔NICUで必死に命を守った赤ちゃんが、今 世界の舞台で戦っている」
という、まさに“奇跡”の体現者なのだと思います。
数字よりも大事なこと:ストーリーに目を向ける
ここまで読んでいただくと、「400g台だったかどうか」という数字の問題が、少し小さく感じられてくるのではないでしょうか。
もちろん、
- 400g台で生まれた赤ちゃんたちの生存率が上がってきていること
- 医療の進歩で救える命が増えていること
は、とても大切なニュースです。
ですが、小谷選手のストーリーの本質は、
- 生まれたときに重い心臓病が見つかり
- 医療者や家族が必死に命をつなぎ
- 長いフォローアップを経て
- 今、日本代表として世界と戦っている
という「時間の積み重ね」の部分にあります。
そこには、
- 「何gで生まれたか」という一つの数字では表せないもの
- 家族の不安や葛藤
- 医療スタッフの悩みや祈り
- 子ども本人のがんばり
が、ぎゅっと詰まっています。
ですから、ブログを書く側としては、
・アクセスを集めるためのセンセーショナルな数字
よりも
・事実に基づいたストーリー
・そこから読者が受け取れる希望
を大事にしたいところです。
NICUにいた子・家族へのメッセージとして
この記事を読んでいる方の中には、
- かつてNICUにお子さんが入院していた
- 今もフォローアップ外来に通っている
- これから早産や持病のリスクのある出産を控えていて不安
という方もいるかもしれません。
神奈川県立こども医療センターNICUのブログでは、
- 400g台で生まれた子どもたちが小学生・中学生になっている姿
- 「医療とともに生きる」子どもや家族のリアルな声
- 医師・看護師の悩みと、そこから生まれる前向きな取り組み
が、たくさん紹介されています。
その中で、何度も繰り返されるメッセージは、
「奇跡は、特別などこかではなく、日々の医療と生活の中にある」
というものです。
小谷優奈選手の存在も、まさにその「奇跡の一つ」として語られているのだと思います。
まとめ
最後に、この記事のポイントをもう一度整理します。
- 小谷優奈選手は、神奈川県立こども医療センターNICUの卒業生であり、肺動脈閉鎖という先天性心臓病を持って生まれたことが、医師のブログで明らかにされています。
- 出生体重が「400g台だった」という公式な記述は見つかっておらず、その数字は別のNICU卒業生たちのエピソードと混同された“噂”の可能性が高いです。
- こども医療センターNICUでは、400g台で生まれた多くの赤ちゃんが、医療と家族の力で成長していることが多数紹介されており、小谷選手も含めた卒業生たちの存在が、今の医療現場と家族に「希望」を与えています。
- 数字だけで人の人生を語るのではなく、「どんな状況から、どのように生きてきたのか」というストーリーに目を向けることが、NICUに関わるすべての人への敬意につながります。
もしあなたがブログを書く立場なら、
- タイトルで興味を引きつつも、本文ではきちんと
「400g台という情報は公式には確認できない」
と説明したうえで、 - 「実際には、重い心臓病とNICUとの長い時間を生き抜いてきた」という事実を軸にまとめる
という形にするのが、安全で誠実な書き方になります。
この記事が、
- 小谷優奈選手の背景を、少し丁寧に知るきっかけ
- NICUでがんばる子どもたち・家族・医療者への理解と応援
につながればうれしいです。




