アルペンスノーボード女子で世界トップクラスの実力を持つ三木つばき選手。
世界選手権優勝やワールドカップ総合優勝など、まさに「世界のつばき」と言っていい成績を残しています。
そんな超一流アスリートを育てたのが、「元選手の父」と「陰で支え続けた母」、そして同じく競技の世界で戦う妹という家族です。
この記事では、
- お父さんの指導がどんなふうにすごいのか
- お母さんはどんな形で支えてきたのか
- 妹さんを含めた“スポーツ一家”としての家族エピソード
をまとめていきます。
まずは簡単プロフィール|どれくらいすごい選手なの?
最初に、三木つばき選手がどれくらい“とんでもなく強い”のかを、ざっくり押さえておきましょう。
基本プロフィール
三木つばき選手の公式サイトやスポンサー企業のプロフィールを整理すると、こんな選手です。
- 2003年6月1日生まれ
- 身長:173cm、体重:70kg
- 生まれ:長野県白馬村
- 出身・在住:静岡県掛川市
- 競技:アルペンスノーボード(パラレル大回転/パラレル回転)
- 学歴:掛川市内の小・中学校 → 通信制高校 → 日本体育大学在学中
- 所属:浜松いわた信用金庫
※アルペンスノーボードの「パラレル大回転」は、2本並んだコースを2人同時に滑り、タイムを競う“ガチのスピード勝負”の種目です。
主な戦績(かんたんまとめ)
公表されている戦績を、ポイントだけ抜き出すと…
- 2022年 北京冬季オリンピック 出場(パラレル大回転9位)
- 2023年 世界選手権パラレル大回転 日本人初の金メダル
- 2024年 W杯ポイントランキング総合2位/FISポイントランキング1位
- 2025年 世界選手権パラレル回転 優勝
- 2024–25シーズン W杯総合優勝(世界ツアーの年間王者)
- 2026年ミラノ・コルティナ冬季オリンピック 日本代表内定(2大会連続)
つまり、
「世界選手権で優勝して、ワールドカップでも年間王者になり、世界ランキング1位争いをしている、日本女子アルペンのエース」
という、とんでもない選手です。
ここまでのレベルに育った背景に、「家族の存在」が大きく関わっていると言われています。
父親の指導がすごいと言われる理由
元トップスノーボーダーの父・浩二さん
三木つばき選手の父・三木浩二さんは、もともとアルペンスノーボードの選手で、日本スノーボード協会のテクニカル選手権で優勝するほどの実力者。さらに「デモンストレーター」と呼ばれる、指導者の中でもトップクラスの技術を持つメンバーにも名を連ねています。
簡単に言うと、
「技術系スノーボードの世界で、全国トップレベルだったお父さん」
です。
そんな父の影響で、つばき選手は4歳からスノーボードをスタート。
生まれ故郷の白馬は雪も多く、スキー場が身近にある環境。まさに「スノーボードをやるために生まれてきたような場所」です。
B&G財団のインタビューでは、プロフィールに
「生まれは長野県白馬村で、指導者の父の影響から4歳でスノーボードを始める」
とはっきり書かれています。
「雪のない掛川」と「山籠もり」二つの試練
しかし、家族はその後、静岡県掛川市へ引っ越します。掛川は海も近く温暖な地域で、当然、日常的に雪は降りません。
ここからが、父・浩二さんのすごいところ。
- 普段の生活は掛川(雪なし)
- 冬のシーズンは長野・白馬(雪山)で徹底的に滑り込む
という「二拠点生活」のような形で、練習環境を整えたのです。
さらに、ガーミンのアンバサダーページなどでは、
- 9歳の頃から冬は単身で長野県に“山籠もり”しながら練習
- 12歳でアルペンスノーボーダーとして最年少プロ登録
- 中学生で国内プロツアー総合優勝、ヨーロッパのジュニアシリーズも制覇
といった、かなりストイックな経歴が紹介されています。
一部のメディアでは、父が立てた「北京オリンピックに向けた8年計画」の中で、
- 雪がほとんど降らない掛川での陸上トレーニング
- 冬は家族と離れて長野で暮らしながらの山籠もり修行
という二つの大きな“試練”があったと紹介されています。
もちろん細かいメニューは非公開ですが、
- 雪がない季節は、ローラースケートなどでエッジの感覚を磨く
- 限られた雪上練習を、誰よりも密度高くこなす
といった工夫をしていたことも、ネットメディアで取り上げられています。
「雪がないから無理」ではなく、
「雪がないからこそ陸トレを極める」
という発想に切り替えたのが、父の大きな決断と言えます。
「厳しさ」と「自立」をセットで教えるスタイル
B&G財団のインタビューには、小学生の頃のこんなエピソードも出てきます。
- 朝5時に起きて、往復5kmのランニングが日課
- つばき選手は走るのが嫌で、途中の学校に寄り道
- 学校の池の鯉にエサをやって時間をつぶし、最後だけダッシュして「走ってきたよ!」と報告
- ところが学校の校長先生から「毎朝鯉にエサをあげてくれて」と感謝の電話があり、サボりがバレる
読んでいて思わず笑ってしまう話ですが、ここから見えてくるのは、
- 父は「やるべきこと」をしっかり課す
- でも、サボったらサボったで、その経験も含めて本人の自立に任せる
というスタンスです。
「厳しく管理する」というより、
「本気でやるなら、ここまでやろう」
と、目標と基準を提示するタイプの指導
に近い印象を受けます。
実際、三木つばき選手自身も「世界一速く山を駆け下りる選手になる!」と8歳の頃から宣言していたとされています。
父の押し付けではなく、本人の「好き」と「本気」を引き出すのが上手い父親と言えそうです。
母親の支えがすごいと言われる理由
生活面・メンタル面の“チームマネージャー”
お父さんが技術面・戦略面の「コーチ」だとしたら、お母さんは
「生活・メンタル全般を支えるチームマネージャー」
という立ち位置で語られることが多いです。
ネットメディアなどでは、
- 食事面での栄養管理
- 海外遠征や国内大会への同行
- 掛川での生活拠点づくり・家族の時間の調整
といった役割を担っていると紹介されています。
また、掛川市内のホームページ制作事務所として活動している三木志保子さんの名前が、つばき選手の公式サイトと同じドメインで登場しており、
「デザインや情報発信の面でも娘を支えているのでは」と見る声もあります。
とはいえ、母親はあくまで裏方。
表に出て派手に語るというより、
- 家族のスケジュール管理
- 遠征から帰ってきたときの“いつものごはん”
- 「おかえり」と迎える安心できる居場所づくり
といった、“当たり前だけどなくなると困るもの”を守り続けている存在だと言えます。
ランニング“サボり事件”で分かる、母の優しさと厳しさ
先ほどの「ランニングをサボって鯉にエサをあげていた」エピソード。
ここで登場するのは、父だけでなく、お母さんです。
- つばき選手は「ちゃんと走ってきたよ」と母に報告
- しかし、校長先生から「毎朝鯉にエサを…」と電話が入る
- 「エサまで持って行ってるなら、最初からサボる気満々じゃない!」としっかり叱る
という流れ。
このエピソードからは、
- 娘の話を信じる優しさ
- でも、ウソやごまかしはきちんと指摘する厳しさ
の両方を持った“お母さん像”が見えてきます。
ただ怒るだけではなく、
「そこまで準備してサボるくらいなら、最初から正直に言おうよ」
というメッセージも伝わってきますよね。
妹も全国レベルの柔道家!完全なるスポーツ一家
妹・にこさんは全国大会常連の柔道選手
三木家が“スポーツ一家”だと言われる大きな理由が、妹・三木にこさんの存在です。
- 小学生のときに柔道形の全国大会に出場(掛川市の広報で紹介)
- 高校では静岡県立浜松西高校で柔道部に所属し、インターハイに出場
- その後も全国ジュニア大会の東北地区予選で優勝するなど、大学でも活躍
インスタグラムなどでは、
「アルペンスノーボーダー世界覇者・三木つばき選手の妹」
として紹介されており、姉妹そろって全国レベルのアスリートです。
ここまで来ると、
- 父:元トップ選手・指導者
- 姉:アルペンスノーボード世界トップ
- 妹:柔道でインターハイ・全国大会常連
という、完全に“筋金入りのスポーツ一家”と言ってよさそうです。
家族エピソード①|長野⇄掛川を往復しながら育った滑り
静岡新聞の特集では、
「長野⇄掛川で磨いた滑り」
という表現で、三木つばき選手の成長が紹介されています。
イメージとしては、
- 冬:長野・白馬で徹底的に雪上練習
- 父・浩二さんが指導者として付き添う
- 雪山での滑り込み、レース形式の練習
- オフシーズン:静岡・掛川で陸上トレーニング
- ローラースケートや筋力トレーニング
- 海や風を感じるマリンスポーツ経験も(B&G掛川海洋クラブ)
というサイクルです。
「雪国出身だから有利」ではなく、
“雪国+雪のない地域”という二つの環境を行き来できたことが、逆に強みになったと考えられます。
掛川市は海や風を身近に感じられる土地。
ヨットやカヌーを通して身につけたバランス感覚や自然の読み方も、きっとスノーボードに活きているはずです。
家族エピソード②|「北京→ミラノ」親子の悲願
静岡新聞の特集記事タイトルには、
「ミラノ五輪で親子の悲願を」
という言葉が使われています。
北京オリンピックでは、メダルには届かなかったものの、初出場で9位という結果を残しました。
その後、
- 世界選手権で日本人初の金メダル
- ワールドカップ総合優勝
- FISポイントランキング1位
と、世界の頂点に限りなく近いところまで来ています。
父・浩二さんは、娘がまだ幼い頃から「8年計画」を立てて北京を目指し、
さらにその先のミラノ五輪での金メダルを、親子での“大きなゴール”として描いてきたと伝えられています。
ここまでの道のりを想像すると、
- 雪のない掛川でのトレーニングを工夫し続けた父
- 生活と遠征を支え続けた母
- 自分の道を自分の競技で切り開いている妹
それぞれの努力が、ミラノのスタートゲートへとつながっていることが分かります。
家族エピソード③|“普通の女の子”でもある一面
ここまで読むと、
「とんでもないストイック一家で、笑いも遊びもなさそう…」
と思うかもしれませんが、実際にはそこまで“ギスギスした”雰囲気ではありません。
B&G財団のインタビューや各種メディアを見ると、つばき選手は、
- 好きなアイスがあって「CMに出たい」と話していた
- 好きな俳優やドラマの話を楽しそうに語っている
- 学校の友だちとの時間も大切にしている
といった、“普通の10代〜20代の女の子”らしい一面もたくさん持っています。
家族が、
- 競技を本気で応援しつつ
- 「普通の青春」や「好きなことを楽しむ時間」も尊重してきた
からこそ、ここまで長く競技を続けられているのかもしれません。
まとめ|父の技術、母の支え、妹の刺激。三本柱で世界へ
最後に、この記事の内容をギュッとまとめます。
父親の指導のすごさ
- 元トップレベルのスノーボーダーで、テクニカル選手権優勝・デモンストレーター経験者
- 4歳からスノーボードを教え、9歳から冬の“山籠もり”生活をサポート
- 雪のない掛川でも、ローラーや陸トレで感覚を磨く環境を作った
- 「北京への8年計画」「二つの試練」など、長期的なビジョンで育成した
母親の支えのすごさ
- 栄養管理、遠征のサポート、生活リズムの調整など“生活コーチ”として支える
- 掛川での生活基盤を整え、いつでも「帰る場所」を用意してきた
- ランニング“サボり事件”のように、優しさと厳しさを両立した子育てが印象的
妹・にこさんの存在
- 小学生の頃から柔道で全国大会へ
- 高校でインターハイ出場、大学でも全国レベルで活躍中
- 「世界レベルの姉」と「全国レベルの妹」という、刺激し合える姉妹関係
そして何より、
「雪がほとんど降らない静岡から、世界の雪山の頂点を目指す」
という、普通なら「無理でしょ」と言われそうな道を、
家族みんなの工夫と覚悟で“現実”に変えてきたことこそ、三木家の一番すごいところだと感じます。
ミラノ・コルティナ冬季オリンピックでは、
- 父が磨いた技術
- 母が守り続けた日常
- 妹や周りの人たちからもらった刺激
そのすべてを背負って、スタートゲートに立つはずです。
テレビの前で応援するとき、
「こんな家族の歴史があるんだな」と思いながら見ると、
きっとレースの一本一本が、さらに胸に響いてくるはずです。







