「岩渕麗楽って、法政の“スポ健”に通ってるんだよね?」
「でも最近“大学を休学して練習に専念している”って記事も見るし、結局どうなってるの?」
「どこを拠点に練習してるのかも知りたい…!」
そんなモヤモヤを、この記事で丸ごと整理していきます。
- いま本当に休学しているのか
- なぜ法政大学スポーツ健康学部(スポ健)を選んだのか
- 現在の国内の練習拠点はどこなのか
を解説しますね。
まず結論:報道では「法政スポ健に在籍しつつ、休学して競技に専念」とされている
先にざっくり結論からまとめておきます。
- 2020年に法政大学スポーツ健康学部に入学したのは事実
- 所属事務所のプロフィールなどでは、今も「法政大学在学中」と紹介されている
(エイベックスの公式プロフィールに「法政大学在学中」と明記) - 一方で、NHKのドキュメンタリーや五輪前のニュースでは
「通っていた大学を休学し、練習施設の近くに引っ越した」
「大学休学や夏場の練習場所となる屋外ジャンプ施設近くへ引っ越すなど…」
と、大学を休学したことがはっきり書かれている
この2つを合わせて考えると、
・身分としては法政大学スポーツ健康学部の学生であり
・2026年ミラノ・コルティナ五輪に向けた数年間は「休学して競技に専念している」
という状態だと見るのが自然です。
つまりタイトルの問いに答えるなら、
「岩渕麗楽は法政スポ健に在籍しながら、現在は休学してスノーボードに全力」というのが最新の報道ベースの見方
といえます。
ここからは、その背景をもう少し細かく見ていきましょう。
岩渕麗楽と法政スポ健:いつ入った?どんな学部?
2020年に法政スポ健へ進学
いくつかのプロフィール記事によると、
- 2020年4月に、法政大学スポーツ健康学部スポーツ健康学科に進学
- 高校は一関学院高校(岩手県)からの進学
と紹介されています。
法政スポ健は、スポーツ科学・トレーニング・健康づくりを幅広く学べる学部で、
- 運動生理学(体がどう動き、どう疲れるのか)
- スポーツ心理学(メンタル・モチベーション)
- トレーニング論
- コーチング論
などを専門的に学べるのが特徴です。
プロフィール上は今も「法政大学在学中」
所属レーベルのプロフィールには、今でも
「法政大学在学中」
と書かれており、
あくまで「法政の学生」なのは変わっていないことが分かります。
そのうえで、「休学」という形で、競技に全振りしていると考えるとイメージしやすいと思います。
なぜ法政大学スポーツ健康学部を選んだのか
「どうして法政スポ健だったの?」という部分も気になりますよね。
いくつかのインタビューや解説記事から、その理由が見えてきます。
将来は“教える側”にも回りたいから
法政スポ健を選んだ理由として、
- 引退後はトレーナーとして活躍したい
- 自分の競技経験を生かして、スノーボードの専門知識を教えられる指導者になりたい
といった、将来のビジョンがあったと紹介されています。
法政大学と読売新聞が共同で運営する「HOSEI ONLINE」の総長対談でも、
「自身の競技経験を生かし、スノーボードの専門知識を教えられる指導者の立場を確立したい」
というテーマで対談が組まれており、
「将来は教える側にも立ちたい」という思いがかなり強いことが分かります。
家族の縁もあり、法政を選択
解説記事によると、
- 家族の中に、法政大学の付属校出身者がいた
- その縁もあって、環境として法政を選んだ
という背景もあるそうです。
実家のある岩手からは遠いですが、
- 首都圏で競技環境を整えやすい
- スポーツ系の学部として実績がある
といった点も、法政スポ健を選ぶ大きな理由になったと考えられます。
競技にも直結する学びが多い
同じ記事では、
- 運動生理学やスポーツ心理学の授業で学んだことを、自分のコンディショニングやメンタルづくりに生かしている
- ワールドカップや X Games を転戦しながらも、オンライン授業を活用して単位を取っている
といったエピソードも紹介されています。
つまり、法政スポ健は
「今の自分の競技力アップ」と
「引退後のキャリアづくり」
の両方に役立つ学びの場として、かなりフィットしていたわけですね。
いつ・どうやって“休学”を決めたのか
では、「休学」という大きな決断は、いつ・どんな流れで出てきたのでしょうか。
きっかけは北京五輪後の“連続4位”の悔しさ
NHKのドキュメンタリー番組『スポーツ×ヒューマン』の紹介文には、こんな一文があります。
「通っていた大学を休学し、練習施設の近くに引っ越した。4年間すべてをかけて挑む。」
また、JOC(日本オリンピック委員会)の記事でも、
「大学休学や夏場の練習場所となる屋外ジャンプ施設近くへ引っ越すなど、より覚悟を固めて鍛錬を積んだ」
と書かれています。
背景にはもちろん、
- 平昌・北京とオリンピック2大会連続4位
- 「自分が満足する準備では全然足りない」と痛感した経験
があります。
「次のミラノでは、人生をかけて“頂点”を取りにいく」
という覚悟から、大学生活を一度止めてでも、練習環境を最優先にする決断をしたと考えられます。
「在学」もしっかり残しているのがポイント
ただし、“大学をやめた”わけではなく、
- 身分としては法政大学の学生のまま
- 時期を区切って休学し、競技に全力投球
- 五輪サイクルが一段落したら、また学びに戻れる道を残している
という形をとっている点がとても賢い選択だと感じます。
- 今の数年間は、競技人生のピーク
- その後の長い人生では、「スポーツ健康学部で学んだ知識+実績」を生かして指導者にもなれる
この両方を取るための「休学」だと言えそうです。
現在の国内練習拠点は“埼玉・熊谷”+「埼玉クエスト」
次に、「今どこで練習しているの?」という話です。
国内拠点は埼玉県熊谷市
IBC岩手放送の特集記事によると、
- 今の国内拠点は、大学のある東京ではなく埼玉県熊谷市
- 隣町には、年間を通してスノーボードのジャンプ練習ができる「埼玉クエスト」という施設があり、
- 日本にいる間は、ほぼ毎日ここに通って練習している
と紹介されています。
記事の中で岩渕自身も、
「ほぼ毎日ですね。こういう練習施設が岩手にいた頃は近所になかったので、大学進学をきっかけに拠点を移したことで、毎日通えるようになったのが大きい」
と話しています。
この「埼玉クエスト」は、エアバッグ付きの巨大ジャンプ台があることで有名な施設で、
- 冬と同じサイズ感のジャンプ台
- 着地はエアバッグなので、大技の反復練習がしやすい
という、ビッグエア選手には理想的な環境です。
つまり現在は、
「埼玉県熊谷市に住み、近くの『埼玉クエスト』で毎日ジャンプ練習」
というのが、国内での基本スタイルになっています。
夏場・シーズンオフの練習パターン
夏でも“冬と同じ感覚”で飛べる環境
デイリースポーツの特集記事によると、
- シーズンオフの夏は、埼玉クエストを中心に練習
- 大型ジャンプ台+エアバッグで、夏でも冬と同じような空中感覚を磨いている
- 2025年のオフには、オーストラリア合宿でも雪上練習を行っている
と紹介されています。
このあたりを整理すると、夏〜シーズン前の流れはだいたいこんなイメージです。
- 埼玉クエストで、新しい技の“形”を固める
- 海外合宿(オーストラリアなど)で、実際の雪上で試す
- 再びクエスト系施設で細かい修正 → 冬のワールドカップ・X Games 本番へ
昔は「夏はなかなか雪上に立てない」というのが当たり前でしたが、
今はこうしたエアバッグ施設+海外合宿のおかげで、年間を通してトップレベルの技を磨き続けられるようになっています。
10代のころの練習拠点は“福島+クエスト系列”
現在の拠点は埼玉ですが、
過去のインタビューを振り返ると、10代のころはまた違う環境で鍛えられてきました。
- 地元・岩手県一関市に住みながら、福島県を練習拠点にしていたという市の広報資料
- 新聞の特集記事では、
- 「福島県の練習施設」
- 「愛知クエストなどの“クエスト系列”の施設」
に通い、エアの感覚を磨いてきたことが紹介されています。
つまり、
10代:岩手の自宅から、福島や東北のジャンプ施設・クエスト系列に遠征して練習
20代:大学進学&本格的な世界転戦を機に、首都圏(埼玉・熊谷)に拠点を移す
という、ステップアップ型の環境づくりをしてきたことが分かります。
勉強と競技をどう両立してきた?休学前までのスタイル
「休学する前って、どうやって勉強してたの?」という疑問もあると思います。
先ほどの大学紹介記事などでは、
- 世界中のワールドカップや X Games を回りながらも、
オンライン授業をフル活用して単位を取っていたこと - スポーツ心理学や運動生理学の知識を、自分のパフォーマンスの安定やコンディショニングに役立てていたこと
が紹介されています。
普通の学生でもオンライン授業は大変ですが、
- 時差のある海外から受講
- 大会と授業・レポートのスケジュール調整
をしながらこなしていたわけで、
「二刀流」どころか「多刀流」に近い生活だったことが想像できます。
だからこそ、
「ミラノ・コルティナまでの4年間は、さすがにどこかを削らないと世界の頂点は厳しい」
と感じて、大学のほうを一度止める決断をした、という流れが見えてきますね。
休学は“諦め”ではなく、“未来への投資”
ここまでの情報を整理すると、
- 法政スポ健を選んだのは、
「競技力アップ」と「引退後のキャリア」を両立させるため - 10代からクエスト系列や福島の施設で技を磨き、
今は埼玉・熊谷+埼玉クエストを国内拠点にしている - 北京での“2大会連続4位”を経て、
ミラノ・コルティナで金メダルを狙うために大学を休学 - 休学とはいえ、身分としては法政スポ健の学生のまま。
競技人生が落ち着いたら、再び学びに戻れる道をちゃんと残している
という姿が見えてきます。
外から見ると「大学を休学した」と聞くと、
「勉強をあきらめたのかな?」
と感じてしまいがちですが、
ここまでの話を踏まえると、むしろ逆で、
「競技と学び、どちらも中途半端にしないための“整理整頓”としての休学」
という言い方のほうがしっくり来ます。
- 今しかできないのは、世界のトップで戦うこと
- でも、その先の人生で“教える立場”になるための準備も、ちゃんと頭にある
その両方を見据えたうえでの「休学+埼玉拠点への引っ越し」だと考えると、
岩渕麗楽がどれだけ先を見て動いているか、少し伝わってくるのではないでしょうか。
まとめ
最後に、ポイントだけもう一度整理しておきます。
岩渕麗楽の「休学」や「練習拠点」の話は、
「大学をやめてスノボ一本」という単純な話ではなく、
「今の4年間に全てをかけつつ、その先の人生もちゃんと設計している」という話
だと分かります。
ミラノ・コルティナ五輪での滑りを見るときは、
- 埼玉・熊谷から埼玉クエストに通い詰めた毎日
- 法政スポ健で学んだスポーツ科学・メンタルの知識
- そして、あえて大学を休学してまで挑む覚悟
こうした背景ごとイメージしながら見ると、
一本一本のジャンプが、また違って見えてくるはずです。






