「イグノーベル賞はくだらない」と時々言われます。けれど、この賞の公式な目的は一貫して “First make people laugh, then make them think(まず笑わせ、次に考えさせる)”。
おふざけに見えて、問いの立て方や方法論はまっとうで、しかも社会や科学の見方を少しズラしてくれる——それが本質です。
運営元 Annals of Improbable Research(AIR)の公式説明にも、1991年創設の経緯とこのモットーが明記されています。
最新版ハイライト:2025年の受賞研究が面白すぎる
2025年の授賞式は9月18日(木)、ボストン大学で開催。テーマは毎年ユルい遊び心に富んでいますが、今年も“笑って→考える”が満載でした。
公式発表と大手メディアの要約から、特に話題になった研究をピックアップして解説します。
- 生物学賞:牛にシマウマ模様を描くとアブが寄りつきにくい
日本の研究チームが、ウシに白黒ストライプを塗装して吸血ハエの付着を低減。農薬に頼らない害虫対策の可能性を示しました。“アートか実学か?”という先入観を軽やかに裏切る好例。 - 化学賞:テフロン(PTFE)を“食べる”と満腹感が増して痩せる?
ラット試験で、カロリーを増やさず食物量を“かさ増し”する発想を検証。賛否を呼ぶテーマですが、「満腹感のしくみ」を問い直す問題提起として強烈。 - 物理学(または物理寄りの食品科学):“カチョ・エ・ペペ”がダマにならない配合と温度
こってり旨いローマのパスタが、なぜダマになるのかを“柔らかい物質(ソフトマター)”物理で解析。温度・水分量・デンプン濃度のバランスが決め手という、家庭ですぐ役立つ知見に。 - 平和賞:アルコールが外国語の発音をちょっと上手にする
ドイツ語母語話者がオランダ語を発音する実験で、少量のアルコール摂取が発話評価をわずかに改善。会食コミュニケーションの“力学”を、笑いとともに考えさせる研究。※飲酒リスクへの配慮は当然必要。 - 栄養学賞:トーゴのトカゲ、4種チーズのピザが好き
“なぜそれを調べた?”の王道。だけど栄養・嗜好の生態学としては筋が通っているのがイグらしい。 - 文学賞(話題枠):爪は年齢で伸び方が変わる?35年の個人縦断
たゆまぬ観察の積み重ねという科学の基本を、ユーモラスに可視化した“執念の記録”。
2025年は他にも、コウモリにおけるアルコール摂取の飛行・反響定位への影響など、「生き物×行動」を巧みにいじる研究が並びました。
直近の2024年も攻めていた
前年2024年は、南半球のほうが頭頂の“つむじ”が反時計回りに多いなど、人間・動物・植物の“あるある”を科学で検証した研究がズラリ。
授賞式はコロナ禍オンラインを経てMITに“帰還”したことも話題でした。
歴代「傑作」ベスト10(編集部セレクト)
ここからは“イグ的名作”を、読みやすく・話のネタになる切り口で一気にご紹介。肩の力を抜いて楽しんでください。
- 生きたカエルを磁石で浮かせた(2000年 物理学賞)
水は弱い反磁性を持つ——ならば強磁場なら生体も浮くのでは?という発想を実験で証明。受賞者のアンドレ・ガイムは、その後グラフェン研究で本家ノーベル物理学賞も受賞。“イグ→ノーベル”の唯一の例として語り継がれます。 - フンコロガシは“天の川”で道案内(2013年 生物学・天文学)
彼らは夜間、天の川の光帯を手掛かりに直進する——というロマンと実験の融合。昆虫の天体ナビという新領域を切り拓きました。 - オーガズムは鼻づまりに効く(2021年 医学賞)
性交後、市販の点鼻薬に匹敵する時間帯で鼻閉が改善という報告。ユーモラスでも、自律神経と血管反応という真面目な生理学の話。 - サイは逆さ吊りで搬送したほうが安全(2021年 交通賞)
絶滅危惧種の保全に直結。笑えて、でも本質は保全の現場知という、イグの哲学が凝縮された一件。 - ネコは“液体”になれるか(2017年 物理学賞)
レオロジー(流動学)で、容器にフィットして形を変えるネコをモデル化。問いが可愛いのに、議論はガチ。 - ディジュリドゥ演奏は睡眠時無呼吸の治療に効く(2017年 平和賞)
のど周りの筋群を鍛え、いびき・無呼吸が改善。文化と医療の接点を示した好例。 - ピザは“イタリアで作ってイタリアで食べる”なら健康に良い(2019年 医学賞)
地中海食の効果をピザで示す、ウイットと限定条件の妙。外挿の危うさまで考えさせてくれます。 - 郵便配達員の陰嚢温度の左右差(2019年 解剖学賞)
こんなディテールまで……でも対称性の破れは生物学の王道テーマ。笑いと学術のギャップがイグ的です。 - コーヒーをこぼさない歩き方(2017年 流体力学)
後ろ向きに歩くor**上から“カギ爪持ち”**が有効という実践知。小さな日常を式と実験でほどく快感。 - “つむじ”の向きに南北差(2024年 解剖学賞)
「そんな違いある?」をデータで拾い上げることが、実は科学の第一歩。
「くだらなさ」の裏にある“問いのデザイン力”
イグノーベルには、問いの立て方の妙があります。
これらはすべて、「面白がることは、発見の起点」というメッセージ。創設者マーク・エイブラハムズ氏が毎年のステージで体現してきたスピリットです。
日本勢が強いワケ
日本は受賞常連。30年で26回、14年連続受賞(~2020年時点)という統計も紹介されています。
真面目にコツコツ測る文化と、遊び心の両立が効いているのかもしれません。
2025年の“シマウマ牛”も、日本発の実学×ユーモアの好例でした。
よくある誤解Q&A
Q. “疑似科学”では?
A. 受賞作は基本的に査読付き論文やきちんとした手法に基づきます。賞は研究姿勢を茶化すのではなく、発想の自由と検証の誠実さを祝う場です。
Q. 社会の役に立つの?
A. すぐに役立つものもあれば、遠回りの示唆も。カチョ・エ・ペペの“ダマ問題”は食品工学・材料科学へ、シマウマ牛は農薬代替の現場実装へ、と射程は広い。
Q. ただの話題作りでは?
A. イベント性は高いですが、“笑い→考える”の誘導設計が本丸。過去にはイグとノーベルのダブル受賞に至った例(アンドレ・ガイム)も。
今年(2025年)をもっと楽しむ“通の見方”
まとめ:イグノーベルは「発想と検証の祝祭」
“くだらない”の一言で切ってしまうには惜しい。
イグノーベルは、小さな違和感や好奇心を、ちゃんと測って言葉にする人たちの祝祭です。だからこそ、生活に近い。だからこそ、未来の研究や産業につながる芽が潜んでいる。
来年もまた、「え、そこ?」という問いが出てくるはず。笑って、そして少しだけ考える準備をしておきましょう。
参考・出典(主要ソース)
- 2025年 受賞一覧(公式/AIR)とイベント情報。Improbable Research
- 2025年 受賞研究の解説(Washington Post / Nature / Ars Technica / ToI)。Washington Post
- 2024年 受賞例(Wikipediaまとめ)。ウィキペディア
- 賞の目的・歴史(AIR公式/Wikipedia)。Improbable Research
- 歴代の代表例:
- 磁気でカエルを浮かせる(2000)と“イグ→ノーベル”の唯一例。ウィキペディア
- 天の川で方位取りするフンコロガシ(2013)。サイエンスダイレクト
- オーガズムは鼻づまりに効く(2021)。BMJ
- サイの逆さ吊り搬送(2021)。Reuters
- ネコは液体(2017)。pbs.org
- ピザと健康(2019)。Improbable Research
- 日本勢の強さ(データ)。FPCJ