ニューヨークで、歴史的なニュースが生まれました。
ゾーラン・マムダニ(英語表記:Zohran Mamdani)が2025年のニューヨーク市長選に勝利し、ニューヨーク初のイスラム教徒の市長になることが決まったのです。
この記事では、
をじっくり解説していきます。
ゾーラン・マムダニとは?基本プロフィール
出身はウガンダ、生まれも育ちも「移民の物語」
ゾーラン・マムダニは、1991年生まれの34歳(2025年時点)。
アフリカ・ウガンダの首都カンパラで生まれました。
- 生まれ:ウガンダ・カンパラ
- 両親:インド系
- 父:マフムード・マムダニ(ポストコロニアル研究で有名な学者)
- 母:ミラ・ナイール(映画監督、『サラーム・ボンベイ!』などで知られる)
幼いころ、家族は南アフリカのケープタウンに移り、のちにアメリカ・ニューヨークへ。
彼が経験してきたのは、「アフリカ→南ア→アメリカ」という典型的な“移民の旅”でした。
アメリカ国籍を取得したのは2018年。
それまではずっと「移民」として暮らし、差別や不安定な立場を肌で感じてきた世代でもあります。
学歴と仕事
- 大学:ボードウィン大学(Bowdoin College)で学ぶ
- 卒業後:しばらく金融関連の仕事などを経験したあと、
住宅問題や移民支援など、「社会運動寄りの仕事」へ関わるようになったとされています。
「どこで生まれたか」「どんなパスポートを持っているか」ではなく、
“今、この街で苦しんでいる人の生活費をどう下げるか”に強い関心を持つようになり、それが政治家への道につながっていきます。
どうやって政治家になった?州議会から市長へ
クイーンズの州議会議員としてデビュー
マムダニが政治家として名を上げたのは、ニューヨーク州議会議員になってからです。
- 2020年の選挙で勝利し、ニューヨーク州議会・第36選挙区(クイーンズ、アストリア周辺)の議員に。
- 所属は民主党ですが、自らを「民主的社会主義者(Democratic Socialist)」と語っています。
「民主的社会主義者」というと難しく聞こえますが、ざっくり言うと、
・お金持ちや大企業にはもっと税金を
・そのお金で、普通の人の生活費を下げる政策を
・医療・教育・住宅・交通などを、みんなが利用しやすく
という考え方です。
州議会議員としてマムダニがとくに力を入れていたのが、
- 家賃の値上がりをおさえること
- 住まいの権利(「住むところがない」という事態を減らすこと)
- 移民やマイノリティーへの支援
など、「生活の土台」に関わる分野でした。
2-2.一気に「市長選の本命候補」へ
2024年10月、マムダニはニューヨーク市長選への出馬を表明します。
当初の世論調査では支持率1%程度と、ほとんどの人が「無名の若手」と見ていました。
しかし、
- 家賃高騰と物価高に苦しむ市民の不満
- 現職・エリック・アダムズ市長への不信感(汚職疑惑や治安悪化への批判など)
- 元知事アンドリュー・クオモへの「もう戻ってこなくていい」という空気
が重なり、
「新しいタイプの市長を試してみたい」というムードが、若い世代を中心に一気に広がっていきました。
SNSや小口寄付(少額の寄付)を活用した草の根キャンペーンが大成功し、
最終的には民主党予備選を12ポイント差で制し、本選でもクオモや共和党のカーティス・スリワらを破って勝利します。
2025年11月、マムダニはニューヨーク市第111代市長に当選。
就任は2026年1月1日の予定です。
マムダニの公約:とにかく「生活コストを下げる」
では、マムダニはどんな公約を掲げて市長に選ばれたのでしょうか。
ポイントは一言で言うと、「とにかく生活費を下げること」です。
3-1.家賃:凍結+20万戸の手頃な住宅
ニューヨークは、とにかく家賃が高い街です。
そこでマムダニは、次のような公約を掲げました。
- 家賃凍結(Rent Freeze)
- 特に「家賃規制付き物件(rent-stabilized)」の家賃を、一定期間は上げさせない
- 20万戸の「手頃な価格の住宅」建設
- 市が主導して、低〜中所得層でも住める家を増やす
家賃が上がるスピードを一度止めて、その間に「住まいの数を増やす」という発想です。
もちろん、大家や不動産業界からは「投資意欲が落ちる」「管理の質が下がる」といった反対意見も出ています。
交通:バス無料化
ニューヨーク市のバスを無料化するという大胆な公約も話題になりました
- 地下鉄は有料のままですが、
- バスを無料にすることで、移動に困っている低所得層の負担を減らす
- 同時に、車から公共交通へ人を移すことで、渋滞や環境負荷も減らしたい
という考え方です。
当然、運賃収入がなくなる分、税金や他の財源でどう補うかが大きな課題になります。
最低賃金30ドルへ
マムダニは、ニューヨーク市内での最低賃金を2030年までに時給30ドルに引き上げると主張しています。
- 現在の最低賃金(15ドル台)では、ニューヨークの物価には全く足りない
- だから、「給料が上がらないなら、どれだけ節約しても苦しいだけ」という発想です
一方で、経営者側からは
- 「人件費が上がりすぎれば、中小企業がつぶれる」
- 「雇用が減るのではないか」
という懸念の声も出ており、今後の大きな論点になります。
市営スーパー・保育・福祉
他にも、生活に直結するユニークな公約があります。
- 市営スーパー(各区に1軒ずつ、市が運営する食料品店)
- 物価高で高くなりすぎた食品の値段を、公共の力で「つり下げる」
- ユニバーサル保育(ほぼ無料に近い保育サービス)
- 子育て世帯の負担を減らし、とくにシングルマザーや移民家庭を支えたい
- 医療・メンタルヘルス支援の拡充
- ホームレス問題や治安ともつながる部分として重視
マムダニの公約を一言でまとめると、
「ニューヨークを、“金持ちの街”から“働く人の街”へ」
という方向性だと言えるでしょう。
なぜ勝てた?当選の背景にある「3つの不満」
マムダニの当選には、次の3つの「不満」が重なっていたと見られています。
生活費が高すぎる
ニューヨークでは、
- 家賃
- 食料品
- 交通費
など、とにかく生活費が高騰しています。
特に若い世代や移民家庭、低所得層の不満は限界に達していました。
「もう普通の人はニューヨークで暮らせない」という声があちこちから上がっていたのです。
そこに、「家賃凍結」「バス無料」「最低賃金30ドル」といった、
生活費直撃の公約を掲げたマムダニは、非常にわかりやすい“受け皿”になりました。
既存政治への不信感
- 現職のエリック・アダムズ市長は、汚職疑惑や治安をめぐる批判で支持率が低下。
- 元知事アンドリュー・クオモは、セクハラなどのスキャンダルで辞任した過去があり、「昔の権力者に戻ってきてほしくない」という空気が根強くありました。
「もう、同じ顔ぶれはうんざり」という感情が、
34歳の若い“外様”候補だったマムダニに追い風を与えました。
SNSと若者の動員
マムダニ陣営は、SNSを徹底的に活用しました。
- TikTokやInstagram、Xなどで、わかりやすいショート動画を大量に発信
- 若者が友だち同士でシェアしやすい「ミーム」や音楽も取り入れる
- 小口寄付をオンラインで集め、「1ドル、5ドルの寄付が何万件も集まる」スタイル
この「ネット×草の根」のスタイルが、サンダースやAOC(アレクサンドリア・オカシオ=コルテス)の支持層とも重なり、
最終的にはサンダースやAOC本人からの支援も受けるまでになりました。
イスラム教徒の市長という事実:何がそんなに大きいのか?
アメリカの大都市で「初」の象徴的意味
ニューヨークは世界有数の多様な都市ですが、
市長がイスラム教徒になるのは史上初です。
マムダニ自身は、シーア派の一派である「十二イマーム派(Twelver)」のムスリムであると公表しています
アメリカでは9.11以降、イスラム教徒への偏見や差別(イスラムフォビア)が長く続いてきました。
そんな中で、世界の金融・文化の中心とも言えるニューヨークのトップがムスリムになることは、
- 「イスラム教徒=危険」という偏見を崩す
- 移民やマイノリティの子どもたちに「自分もリーダーになれる」という希望を与える
という、象徴的な意味を持ちます。
選挙戦でのイスラムフォビアとの戦い
選挙戦が激しくなるにつれ、マムダニは宗教を理由にした攻撃も受けました。
- 「イスラム教徒が市長になったらNYは危険になる」
- 「テロリストに優しい市長だ」
といった、根拠のない中傷やヘイトスピーチも少なくありませんでした。
これに対してマムダニは、イスラム文化センター前での演説で、
- 自分の信仰が「平等・正義・連帯」を教えていること
- 宗教を理由に誰かを差別することは、アメリカの憲法にも反していること
を、涙ぐみながら訴えました
このスピーチは多くのムスリムだけでなく、他宗教の市民にも届き、その後の支持拡大につながったと報じられています。
「イスラム教市長」でニューヨークはどう変わる?
ここが、この記事の一番のテーマですね。
ただ、大事なポイントがひとつあります。
ニューヨークは「政教分離」の国・街であり、
宗教そのものが法律になったりはしない。
アメリカの憲法上、国家は特定の宗教を優遇したり、宗教的な教義そのものを法律にしたりできません。
市長がイスラム教徒になったからといって、急にイスラム法(シャリーア)が導入される…というようなことは制度的に不可能です。
では、何が変わりうるのか。
「政策」「象徴」「空気感」の3つの視点で整理してみましょう。
政策:宗教ではなく「政治スタンス」が影響する
まず、日々の生活に直接関わるのは宗教ではなく、彼の政治スタンス=民主的社会主義です。
つまり、変わるとすれば次のような方向です。
- 家賃、交通費、保育、食品など、生活費を下げる政策が優先される
- 富裕層や大企業への課税を強め、その分を公共サービスに回そうとする
- ホームレスや移民、マイノリティ、障害のある人などへの支援が厚くなる
- 治安対策でも「警察を増やす」より、「貧困やメンタルケアなど根本原因への投資」を重視する
これらは、彼がイスラム教徒だから、というより、
「民主的社会主義者だから」出てくる政策だと言えます。
象徴:多様性の“見える化”
マムダニが市長になることで、ニューヨークは象徴としての姿が少し変わります。
- 市庁舎で、ヒスパニック系、黒人、アジア系、白人、そしてムスリムなど多様な市民が集まりやすくなる
- 「この街は、肌の色や宗教に関係なくトップになれる場所だ」というメッセージが、世界中に発信される
これは、観光やビジネスにも影響します。
多様性を尊重する企業やクリエイターにとって、ニューヨークはさらに魅力的な街として映るかもしれません。
一方で、
- トランプ前大統領など保守派政治家は、マムダニ当選に公然と反発し、「連邦政府の補助金を減らす」などの圧力を示唆しています。
このあたりは、アメリカ全体の政治対立にもつながる要素です。
空気感:イスラムフォビアとどう向き合うか
ムスリムの市長が誕生したからといって、
すぐにイスラムフォビアや人種差別が消えるわけではありません。
むしろ、マムダニへの中傷や陰謀論は、一部のメディアやSNSで今も続いています。
ただ、「市長本人がムスリム」という事実は、
- 公共の場で、イスラム教徒への差別を堂々と批判しやすくなる
- 学校や職場で、宗教や人種の多様性に関する教育プログラムを強めるきっかけになる
といった形で、「空気感」を徐々に変えていく可能性があります。
懸念材料・反対意見もきちんと押さえておこう
どんな政治家にも、当然ながら反対意見や懸念があります。
マムダニの場合、特によく挙げられているのは次のような点です。
財源はどうするのか問題
- 家賃凍結
- バスの無料化
- 市営スーパー
- ユニバーサル保育
- 最低賃金30ドル
どれも魅力的な政策ですが、当然、お金がかかります。
マムダニは、
- 富裕層(年収100万ドル以上)への増税
- 大企業への課税強化
などを財源とする案を示していますが、
- 富裕層や企業が「ニューヨーク脱出」を進めるのでは?
- 税収が逆に減るリスクはないのか?
といった、経済界からの懸念も強く出ています。
「左に寄りすぎ」への不安
民主党の中道派やビジネス界の一部からは、
- 「あまりに左派すぎて、この国では現実的ではない」
- 「投資家や企業が敬遠し、長期的には街にマイナスでは?」
という声も上がっています。
一方で支持者は、
- 「右か左かではなく、今の生活が苦しいかどうか」
- 「現状維持では、もう多くの人が暮らしていけない」
と主張しており、ここは価値観のぶつかり合いになっています。
イスラエル・パレスチナ問題をめぐる立場
マムダニは、これまでイスラエル・パレスチナ問題についても
パレスチナ支持寄りの発言をしてきたことで知られています。
- これに対し、ユダヤ人コミュニティの一部から強い反発がある
- 一方で、「イスラエルに批判的であることと反ユダヤ主義は別だ」と擁護する声もある
など、非常にセンシティブなテーマになっています。
市長としては、どの宗教・民族の市民にも公平であることが求められるため、
ここをどうバランスしていくかは大きな試金石になるでしょう。
これからのニューヨークを見る「チェックポイント」
最後に、「イスラム教市長でNYはどう変わるのか?」を考えるうえで、
私たちがニュースを見るときのチェックポイントをまとめておきます。
最初の「100日プラン」
新市長がよく出すのが、就任後100日で何をするかをまとめた「100日プラン」です。
- 家賃凍結はどこまで具体的に進むのか
- バス無料化のロードマップは示されるのか
- 市営スーパーや保育無償化は、試験的にどの地域から始めるのか
このあたりが、最初のチェックポイントになるでしょう。
市議会・州政府・連邦政府との関係
どんなに市長がやる気に満ちていても、
市議会や州・連邦政府が反対すれば、多くの政策は進みません。
- ニューヨーク市議会は、マムダニの路線をどこまで支持するのか
- ニューヨーク州知事や連邦政府(大統領・議会)との関係はどうなるのか
- トランプ前大統領など保守派の圧力がどこまで実効性を持つのか
こうした「政治の力関係」も、今後の重要なポイントです。
街の“肌感覚”がどう変わるか
数字や法律も大事ですが、
何よりも大切なのは、ニューヨークで暮らす人たちの“肌感覚”でしょう。
- 家賃や物価のプレッシャーが、少しでもマシになったと感じるか
- 通勤・通学・子育てがしやすくなったと実感できるか
- 人種や宗教の違いによるギスギス感が、少しでも減ったと感じるか
これらは統計だけでは見えにくい部分ですが、
SNSやメディアのインタビューなどを通じて、少しずつ伝わってくるはずです。
まとめ:マムダニ市長は「リスク」か「希望」か
ゾーラン・マムダニは、
という、これまでのアメリカ政治の“テンプレート”から大きく外れた存在です。
そのことを、
- 「経済と治安を壊しかねない危険な左派ポピュリスト」と見る人もいれば、
- 「生活費地獄に風穴を開けるかもしれない、新しいタイプのリーダー」と期待する人もいます。
おそらく真実は、その中間あたりにあるでしょう。
イスラム教徒だから危険、というのは単なる偏見です。
一方で、どんな理想的な公約も、財源や政治の力学という現実を前に、
「どこまで実行できるか」が厳しく問われることになります。
これから数年、ニューヨークは
・生活費
・多様性と共生
・格差と安全
といった、世界中が抱えるテーマを、
ものすごく“先鋭的な形”で実験する街になるかもしれません。
あなた自身は、
ゾーラン・マムダニのニューヨークを「リスク」と見るでしょうか?
それとも、「新しい希望」として見てみたいでしょうか?
ニュースを追いながら、自分なりの答えを考えてみると、
日本に住む私たちの「これからの社会」を考えるヒントにもなりそうです。

