SASUKE2025第1夜、画面の前で涙が止まらなかった人も多いと思います。
A.B.C-Z・塚田僚一さんの「最後のSASUKE」は、それくらい胸にくる挑戦でした。
この記事では、
- 結果はどうだったのか
- なぜあんなに涙があふれていたのか
- ラストコメントにはどんな思いが込められていたのか
を整理していきます。
SASUKE2025で何が起きた?結果を先にまとめると
まずは、今回の結果を「事実ベース」でまとめます。
結果だけを言えば、
1stステージ・そり立つ壁でタイムアップ
→ クリアならず
です。
ですが、多くの視聴者が胸を打たれたのは、
「結果」だけではなく、そこに至る物語でした。
そもそも塚田僚一にとってSASUKEとは何だったのか
なぜ、ここまで大きく取り上げられたのか。
それを理解するには、これまでのSASUKEとの歴史を知る必要があります。
約10年以上続いた「SASUKEアイドル」の物語
データだけ見ると、塚田さんはこんな選手です。
- 初出場:第31回大会(2015年)
- 出場回数:12回目の挑戦が今回(SASUKE2025)
- 2ndステージ進出:3回
- 最高成績:第40回大会・2ndステージ「バックストリーム」まで
- 身長168cm、体重61kgほどの小柄な“体操系アイドル”
さらに、TBS公式X(旧Twitter)では
- 「元祖SASUKEアイドル」
- 「アイドルのSASUKE道を切り拓いたパイオニア」
と紹介されていました。
つまり、
「アイドルなのにSASUKEも本気でやっている人」
ではなく、
「アイドルだからこそSASUKEを開拓してきた人」
という立ち位置なんですね。
ケガで出られなかった年も、それでもSASUKEから離れなかった
ちなみに、2024年の『SASUKE2024』では、
ケガのため出場できなかった年もあります。
それでも
- 後輩たちへのアドバイザー役として現場に立つ
- 番組内の特集や密着企画に登場する
など、「選手」以外のポジションでも
SASUKEに関わり続けてきました。
ただのゲストではなく、
長年番組に魂を捧げてきた顔のひとり。
だからこそ「最後の挑戦」という言葉は、
多くのファンにとっても重く響いたわけです。
「今回で最後にする」までの道のり
SASUKE2025の放送前には、
TVerなどで特別番組が配信されていました。タイトルは――
「【衝撃告白】塚田僚一 最後のSASUKE!師匠に見せたい集大成」
その中で語られていたポイントをまとめると、
- 「今回で最後にする」という本人の決断があった
- その覚悟を胸に、
師匠である漆原裕治さんのもとへ向かう - 10年間以上二人三脚で挑んできた師弟関係に、
ひとつの区切りをつける
という流れです。
漆原裕治さんは、
SASUKE史上3人目の完全制覇者であり、
2度の完全制覇を成し遂げた“レジェンド”。
過去のインタビューでも、漆原さんは
「弟子ができたことで、僕自身のモチベーションにもなった」
「このまま塚田君たちに師匠らしいところを見せずに終われないと思った」
と語っています。
弟子にとっても、師匠にとっても、
SASUKEは人生を賭けた舞台だったわけです。
その上での「最後の挑戦宣言」。
これだけでもう、ドラマの序章ができあがっていました。
ラストランの内容をもう少し詳しく振り返る
では、当日の挑戦を、もう少し細かく振り返ってみましょう。
スタート前から、すでに涙目だった
放送では、
- インタビューで「ありがとうの気持ちを持って挑みたい」と語る姿
- 実況から「最後のSASUKEです」と紹介され、
会場がどよめくシーン - それを聞きながら、すでに目がうるんでいる塚田さん
が映し出されていました。
ここには、
- 10年以上続けてきた挑戦への思い
- 応援してくれたファンやスタッフへの感謝
- 「これが本当に最後なんだ」という実感
が一気に押し寄せていたのだと思います。
雨の1stステージを、リズムよく進む
2025年大会の1stステージは、
リニューアルもあってかなりの難関。
しかもラストランは雨。
足場も滑りやすく、壁もつかみにくい状況です。
その中で塚田さんは、
- ひとつひとつのエリアをリズムよくクリア
- 無駄な動きを抑え、安定したフォームで進む
- 観客席からも仲間選手からも大きな声援
と、ベテランらしい走りを見せていました。
途中では、SASUKE仲間でもある
Snow Man・岩本照さんの激励も飛んでいました。
そして「そり立つ壁」で…時間切れ
しかし、最後に立ちはだかったのが、
おなじみの「そり立つ壁」。
今年の大会では、
- 多くの有力選手がここでタイムアップ
- ファンブログやまとめサイトでも
「今年のそり立つ壁は鬼すぎる」と話題になるほど
その“鬼門”に、塚田さんもたどり着きますが――
- 残り時間はわずか
- 雨で壁は濡れている
- 何度もトライするものの、頂上に手が届かない
そのままカウントが0になり、
無情にもタイムアップのブザー。
「最後の挑戦は、あと一歩のところで届かなかった」
という、なんとも切ない結末になりました。
涙の理由を3つに分けて考えてみる
では、なぜあそこまで涙があふれていたのか。
もちろん本人にしか本当のところはわかりませんが、
放送された映像やコメントから、
「こういう思いが重なっていたのでは?」
というものを、あくまで推測として3つに分けてみます。
① 「ありがとう」を形にしたかったから
挑戦前のインタビューで、
「ありがとうの気持ちを持って挑みたい」
と話していた塚田さん。
ラストランは、
- ファンのみんな
- 支えてくれたスタッフ
- 一緒に戦ってきたSASUKE仲間
- 師匠・漆原裕治さん
など、自分に関わってくれた人たちへのお礼でもありました。
だからこそ、
「1stだけでもクリアして、成長した姿を見せたい」
という思いは、かなり強かったはずです。
それがあと一歩届かなかった悔しさと、
それでもここまで来られた感謝が、
同時にあふれ出した――
その“ごちゃ混ぜ”の感情が、あの涙を生んだように感じます。
② 自分のSASUKE人生への「けじめ」
今回は、はっきりと
「これで最後にする」
と宣言したうえでの挑戦でした。
つまり、
- 「また来年があるさ」という逃げ道を作らなかった
- これが本当にラストチャンス
という覚悟を、自分で自分に課していたということです。
「やり切った」「全部出し切った」という達成感と同時に、
「ここで本当に終わりなんだ」
と、自分で自分に区切りを付けなきゃいけない。
これは、想像以上に苦しくて、重いことです。
そのプレッシャーが、一気に解き放たれた瞬間の涙――
そう考えると、あの表情にも納得がいきます。
③ 「後輩たちをよろしく」というバトン渡し
ラストコメントでは、
- 視聴者や関係者へのお礼
- そして
「後輩をこれからもよろしくお願いします」
という言葉が、はっきりと添えられていました。
実際、SASUKEの「アイドル枠」には、
- Snow Man・岩本照さん
- WEST.・濵田崇裕さん
- 7 MEN 侍・菅田琳寧さん
- そのほか若い世代のアイドルたち
が続々と挑戦しています。
2024年大会では、塚田さんはケガで出場できなかったものの、
後輩たちにアドバイスを送る立場として現場にいました。
つまり彼は、
「自分が切り開いた“アイドルのSASUKE道”を、
後輩たちに渡さなければいけない立場」
でもあったわけです。
そのバトン渡しの言葉を口にしたとき、
これまでの10年分の記憶が一気によみがえって――
涙が止まらなくなったのではないでしょうか。
ラストコメントの意味をやさしく分解してみる
ニュース記事の内容をもとに、
ラストコメントに込められた意味を、
少し噛み砕いてみます。
「みなさん、本当にありがとうございました」
→ 視聴者、ファン、スタッフ、仲間…
この10年以上、SASUKEを通して出会った
すべての人への感謝だと考えられます。
「大変お世話になりました」
→ 競技者としてだけでなく、
一人のタレント・一人の人間として成長させてもらった、という気持ち。
SASUKEでの経験は、きっと仕事にも人生にも
大きく影響しているはずです。
「後輩をこれからもよろしくお願いします」
→ ここが、今回いちばんグッとくる部分。
- 自分は一歩身を引くけれど
- SASUKEと後輩たちの未来は続いていく
この「つなぐ」意識こそ、
長年SASUKEを支えてきた塚田さんらしさだと思います。
師匠・漆原裕治との10年と、その“卒業”
少し視点を変えて、
師匠・漆原裕治さんとの関係にも触れておきます。
先ほどの特番の説明文では、
- 「今回で最後にする」という決断
- その覚悟をもって、師匠・漆原さんの元へ向かう
- 「長年二人三脚で挑み続けた師弟の絆」と「最後に交わす言葉」
といったことが紹介されていました。
漆原さんは、完全制覇を二度達成した
SASUKE界のレジェンドであり、
インタビューでも
「弟子がいるからこそ、僕も頑張れる」
と語っています。
X(旧Twitter)でも、
- 「自分を師匠にしてくれて10年」
- 「最後の塚ちゃんの覚悟を見てほしい」
といった投稿をしており、
その絆の深さが伝わってきました。
ラストランは、
塚田さんにとって
「師匠に見せる集大成」
でもあったわけです。
ここにも、涙の理由が隠れていそうです。
ネットの反応:「かっこよすぎ」「もらい泣き」の嵐
放送後、リアルタイム検索や記事まとめでは、
- 「かっこよすぎて号泣した」
- 「もらい泣きした」
- 「最後の走り、絶対忘れない」
- 「アイドルがここまでやってくれてありがとう」
といった声があふれていました。
中には、
- 「1stクリアさせてあげたかった…」
- 「そり立つ壁、今年は本当に鬼だった」
と、悔しさをにじませるコメントも多く、
それだけ視聴者の感情を揺さぶった挑戦だったことがわかります。
SASUKEからは“引退”でも、物語は続いていく
最後に、これからの話を少しだけ。
今回のラストランで、
- 「選手としてのSASUKE」は一区切り
…なのは、本人の言葉どおりだと思います。
でも、だからといって
「SASUKEとの関わりが完全に終わる」
とは限りません。
実際に、
- 2024年にはケガで出場できない中、
後輩のアドバイザーとして番組に参加していたり - レジェンドたちが、引退後も解説や指導者として
SASUKEに関わり続けている例もたくさんあります。
塚田さんも、
- 後輩たちの練習を支える“裏方”
- 番組の特別企画への出演
- もしかしたら、別の形でのSASUKEコラボ
など、新しい立場でSASUKEに関わる未来が
あってもおかしくありません。
それに何より――
「後輩をこれからもよろしくお願いします」
と自分の口で言った人が、
まったくSASUKEから離れてしまうとは、
ちょっと考えにくいですよね。
まとめ
もう一度、今回のポイントを整理して締めくくります。
タイムアップのブザーだけを見れば、
結果はたしかに「1stステージ敗退」です。
でも、
10年以上積み重ねてきたもの、
後輩に託したもの、
師匠との絆、
画面の前の私たちがもらった感動――
それらを全部ひっくるめて考えると、
あのラストランは、決して「失敗」ではなく、
塚田僚一というSASUKE選手の“到達点”だった
と、胸を張って言っていいのではないでしょうか。

