台北で起きた刃物殺傷事件は、「なぜこんなことを?」という気持ちが強く残る事件でした。
ニュースでは「詳しい動機は捜査中」とよく聞きますが、
実はすでに 犯人の準備の様子や、どんな考えで動いていたのか について、かなり多くの情報が出てきています。
この記事では、
- 犯人の男はどんな人物だったのか
- いつごろから、どんなふうに犯行を準備していたのか
- 「動機」について、今わかっていること・まだわからないこと
を整理していきます。
事件の概要をかんたんにおさらい
まずは、ごくシンプルに事件の全体像を。
- 日時:2025年12月19日 夕方(台湾時間)
- 場所:
- 台北駅(MRT台北駅)周辺の地下通路
- 台北駅〜中山駅を結ぶ地下街付近
- MRT中山駅近くの路上
- 百貨店「誠品生活 南西店(Eslite Spectrum Nanxi)」の館内
- 被害:
- 一般市民3人が死亡
- 11人がケガ(うち数人は重傷)
- 犯人の男も、百貨店の建物から転落して死亡
犯人は、煙幕弾(スモークグレネード)と刃物を使い、
人が多い場所を狙って次々と襲撃しました。
この事件は、台湾では「2025年台北無差別殺傷事件」「2025 Taipei stabbings」などと呼ばれています。
犯人はどんな人物だったのか?
27歳・元軍人の男性
報道や警察の発表によると、犯人は 27歳の台湾人男性 で、
一時期、台湾空軍に所属していた元軍人だったとされています。
ただし、その後は
- 飲酒運転(DUI)が原因で軍を退職させられている
- 兵役義務(予備役訓練)をサボり、徴兵制度違反で指名手配状態になっていた
といった、かなり問題の多い状態にあったことがわかっています。
家族とも2年以上連絡を取っていなかった
警察や家族の証言によると、
- 家族とは 2年以上、ほとんど連絡を取っていなかった
- 一人で暮らし、周囲との関わりがほとんどなかった
と報じられています。
また、家族は「もともと武器やミリタリー系のものに強い興味を持っていた」と話していると伝えられています。
「政治的・宗教的な主張」は確認されていない
警察は「テロとの関係は現時点で見られない」とし、
- 特定の政治的主張
- 宗教的なメッセージ
- イデオロギーを強く示すような発言
などは確認されていないとしています。
つまり今のところ、
「何かの団体や思想のためにやった」というより、
個人の中でこじれていった問題が暴走した 可能性が高い
と見られている、という段階です。
犯行計画はいつから?「1年以上前から準備」の証言
事件後の捜査で、もっとも大きなポイントになっているのが
「どれくらい前から計画していたのか?」
という点です。
2024年4月ごろから準備開始か
台湾警察や各メディアの報道によると、
- 犯人の男は 2024年4月ごろから犯行の準備を始めていた とされています。AP News
- そのころから、
- 煙幕弾(スモークグレネード)
- ガスボンベ
- 防毒マスク
- 防弾・防刃ベストのような装備
などを少しずつ購入していたことがわかっています。
海外メディア(APやABCニュースなど)も、
「犯人は 1年以上にわたり計画的に準備を進めていた」
と報じています。AP News
中山エリアに部屋を借り、下見をくり返していた
さらに、警察の調べによると
- 犯人は 2025年1月ごろ、中山エリアにアパートを借りていた
- 台北駅~中山駅周辺を 何度も歩いて下見していた
こともわかっています。
つまりこの事件は、
その場の思いつきではなく、
「1年以上前から計画され、犯行ルートまで何度も確認されていた」
という、かなり組織的・準備的な性格を持っていると言えます。
タブレットに残された「犯行計画書」の中身
この事件で、動機や計画を考える上でとても重要なのが、
犯人が持っていたタブレット端末の中に、「犯行計画書」が残されていた
という点です。TBS NEWS
「先に発煙弾、そのあと刃物で襲う」
TBS系の報道などによると、タブレットに残っていたメモには、
- 日時
- 場所
- 移動ルート
- そして 「先に発煙弾を投げ、そのあと切りつける」 といった具体的な手順
まで書かれていたといいます。
また、台湾メディアの報道では
- 実際に起きた被害より、もっと大規模な襲撃計画 が書かれていた可能性もある
- しかし、途中で想定どおりに進まなかった部分もあり、計画通りにはいかなかった
という指摘も出ています。khb
「無差別に人を殺す」ことを目的にしていた?
Wikipediaや台湾メディアによると、
警察は犯人の端末の検索履歴を調べ、そこから
- 「ランダムキリング(無差別殺人)」
- 「2014年の台北MRT無差別殺傷事件」
といったキーワードが多数見つかったとしています。
また警察は、
「犯人は 『無差別に人を殺す』ことを目的として、計画を立てていた とみられる」
と説明しています。
ただし、なぜそこまでの考えに至ったのか、
その「心の中の理由」までは、まだ完全には解明されていません。
事件当日、どんな順番で動いたのか(準備も含めて)
動機を考えるには、「行動の筋書き」を知ることも大切です。
報道や警察の発表をまとめると、事件当日はだいたい以下のような流れだったとされています。
① 午後〜夕方:台北市内で放火をくり返す
- 犯人はオートバイで移動しながら、
- 台北市の中山地区などで 道路脇に停めてあった車を次々と放火
- 最終的に、自分が住むアパートにも火をつけた
とされています。
これは、
警察や消防を別の場所に引きつけるための「陽動(おとり)行動」だった可能性がある
と指摘されています。
② 17時24分ごろ:台北駅地下通路で発煙弾&襲撃
- 黒っぽいボディアーマーとガスマスク姿で、
台北駅の地下通路(M7・M8出口付近)に現れる - キャリーケースから煙幕弾を取り出し、次々と投げて煙を充満させる
- その場で犯行を止めようとした57歳の男性が、
長い刃物で刺されて死亡
という、事件の第一の山場になります。
この男性は、過去のMRT事件のニュースを見て「自分なら止めに入る」と話していたこともあったとされ、
「本当に勇気ある行動だった」と台湾で大きく報じられています。
③ その後:中山駅近くの宿に戻って再準備
- 犯人は、いったん 中山駅近くに借りていた宿(旅館・アパート) に戻ります
- そこで、刃物や装備を再度確認し、服装も一部着替えたとされています。
これは、犯行をステップごとに分けて実行したことを示しています。
④ 18時ごろ:中山駅付近の路上で再び襲撃
- MRT中山駅周辺の路上に現れ、再び煙幕弾を投げる
- その混乱の中で、通行人を無差別に切りつける
中山駅周辺は、百貨店や公園が集まる台湾有数の繁華街で、
多くの買い物客・観光客でにぎわうエリアです。
⑤ 百貨店「誠品生活 南西店」の中へ
- その後、犯人は近くの百貨店 「誠品生活 南西店」 に入り、
館内でも買い物客を襲撃します。 - 1階や4階などで刺された被害者が出たと報じられています。
⑥ 建物からの転落死
- 警察に追われた犯人は、最終的に百貨店ビルの上階(5〜6階付近)から転落
- 病院に運ばれましたが、死亡が確認されました。
このように、事件当日の動きも 「計画書どおりに複数の場所で行動した」 形跡がはっきり残っています。
「動機」はまだ100%解明されていない
ここまで読むと、「こんなに準備しておいて、なぜ?」と思うはずです。
結論から言うと、
犯人がなぜここまでして無差別殺傷に走ったのか、その「心の奥の動機」はまだ解明途中
です。
警察も
- 「テロではない」
- 「特定の個人への恨みが狙いだったわけでもなさそう」
というところまでは言及していますが、
「だから○○が動機です」とまでは言い切っていません。
ただし、これまでの情報から「動機のヒント」と呼べる要素はいくつか見えてきています。
動機のヒントになりそうな3つのポイント
ここからは、報道された事実をもとに、
「なぜここまでのことをしたのか?」
を考えるヒントになりそうなポイントを、あくまで“可能性”として整理します。
① 無差別殺傷事件に対する「異常な関心」
さきほど触れたように、犯人のタブレットや端末からは、
- 「ランダムキリング(無差別殺傷)」
- 「2014年 台北MRT事件」
などの検索が大量に見つかったとされています。
さらに、ニュースによれば、
- 犯人は 過去の事件の犯行手口を調べていた
- そのうえで「まず煙幕弾を投げ、その後に刃物で襲う」という手順を計画書に書いていた
ことがわかっています。TBS NEWS
これは、
「多くの人を巻き込む事件を起こすこと」自体が、
一種の“目的”になっていた可能性
を示しています。
もちろん、「有名になりたかった」「注目されたかった」などと簡単に決めつけることはできません。
しかし「無差別殺傷」そのものに歪んだ関心を持ち、真似しようとした形跡は、かなりはっきり出ていると言えます。
② 社会からの孤立と「逃げ場のなさ」
次に目立つのが、
- 家族と2年以上連絡を取っていない
- 仕事もなく、元軍人としてのキャリアも途中で終わっている
- 兵役義務違反で「指名手配」のような立場になっていた
という、社会的な行き詰まりです。
詳しい心の内は本人にしかわかりませんが、
- 軍を追い出される
- 兵役義務も果たしていない
- 家族とも疎遠
- 仕事もない
という状態が続く中で、
「自分の人生はもう終わっている」
「どうせ捕まるなら、何か大事件を起こして終わらせる」
のような、非常に歪んだ考えに陥っていた可能性はあります。
もちろん、同じように人生がうまくいっていない人が、皆こんな行動を取るわけではありません。
ほとんどの人は、誰も傷つけることなく、なんとか踏みとどまっています。
ただ、
孤立×挫折×行き場のない怒り
という組み合わせが、危険な方向に向かうことがある、という点は
社会として無視できないポイントです。
③ 武器や軍事への強い興味
家族の話や報道によると、
- 犯人はもともと 武器や軍事的なものへの興味が強かった
- 軍を辞めたあとも、武器・装備品への関心は続いていた
とされています。AP News
そして実際の犯行では、
- 煙幕弾
- 火炎瓶の材料
- ガスマスク
- 防護ベスト
などを組み合わせ、かなり「軍事的な手口」に近い形で混乱を作り出しました。
これも、
「自分の持っている“軍事的な知識”を、生身の人間に向けてしまった」
という意味で、動機の一部になっている可能性があります。
「だからこうだ」と言い切れないのが本当のところ
ここまで読んで、
- 無差別殺傷への異常な関心
- 社会からの孤立
- 軍や武器へのこだわり
といった要素が、「危ない方向にまざり合ったのではないか」と感じたかもしれません。
ただ、大事なのはここです。
どれだけ外側の情報を集めても、
「本人の心の奥の最終的な引き金」が何だったかを100%言い当てることはできない
ということです。
犯人はすでに死亡しており、
時間をかけてじっくり本人の話を聞く、ということもできません。
だからこそ、
- 「こういう要素が重なったのではないか」という仮説を持ちつつも、
- 安易に「○○が原因だ」「この人が悪いからだ」と
一つの要素だけを悪者にしない
ことが大切だと思います。
同じような事件を防ぐために、社会としてできること
動機を完全に知ることはできなくても、
「同じことを繰り返さないために何を見直すか」 は考えることができます。
報道や専門家のコメントなどを参考に、ポイントを3つにまとめます。
① 社会的に「孤立しきる前」に気づく仕組み
- 急に家族と連絡が取れなくなる
- 仕事をやめ、家に引きこもる
- 問題を抱えていても、相談先がわからない
こうした状況の人を、完全に「見えない存在」にしない仕組みが必要です。
台湾でも日本でも、
- 心の相談窓口
- 生活・仕事の相談窓口
- オンラインでのカウンセリング
など、支援は少しずつ増えていますが、
「必要な人ほど、そういう情報に届いていない」という現実もあります。
今回のような事件を見ると、
「困っているサイン」を早めにキャッチし、
本人や家族が相談しやすい社会を作ること
が、遠回りに見えて一番の対策ではないかと感じます。
② 危険な兆候への「通報しやすさ」
- 武器への異常なこだわり
- ネット上での「無差別殺傷」への執着
- 具体的な犯行予告に近い発言
などが見られたときに、
「通報したら大げさかな…」ではなく、
「もしかしたら誰かを守れるかもしれない」
という意識で、行政や警察に知らせやすい仕組みも重要です。
台湾ではこの事件を受け、
ネット上での脅しコメントに対する全国的な取り締まりも強化されています。
日本でも、SNS時代に合った通報窓口や、
「通報=告げ口」というイメージを弱める工夫が必要だと感じます。
③ メディアとして「犯人よりも被害者に光を当てる」
今回の事件では、台湾国内で
「犯人の名前を何度も出して有名にすべきではない」
という「ノー・ノトライエティ(No Notoriety)」の考え方も広がりました。
- 本当に注目すべきは「犯人」ではなく、
命を落とした人・ケガをした人・勇気を出して助けに入った人たち - 犯人にばかり注目が集まると、「真似する人」を増やすリスクがある
という問題意識からです。
この記事でも、あえて犯人のフルネームを何度も書くことは避け、
「犯人の男」「容疑者」という表現を中心にしました。
動機を知ることは大事ですが、
フォーカスを「犯人そのもの」に固定しすぎないことも、
社会全体で考える必要があるポイントだと思います。
おわりに:動機を知ることは、「恐怖を広げるため」ではない
ここまで、
- 犯人の背景
- 1年以上続いた準備と「犯行計画書」
- 当日の行動の流れ
- 動機のヒントになりそうな要素
を整理してきました。
もう一度大事な点だけまとめると、
- 動機はまだ「完全には」わかっていない
- ただし、
- 無差別殺傷への異常な関心
- 社会的な孤立と行き詰まり
- 武器や軍事への強いこだわり
などが、危険な方向に重なっていった可能性が高い
- だからこそ、
- 孤立しきる前に支援につなげること
- 危険な兆候を通報しやすくすること
- 犯人ばかりを「有名にしない」報じ方を広げること
が、社会全体の課題として浮かび上がってきます。
事件の詳細を知ると、どうしても気持ちが暗くなります。
「人間って、こんなに恐ろしいことをしてしまうのか」と落ち込む人もいるでしょう。
でも同時に、この事件の中には
- 命がけで犯人を止めようとした人
- 怪我人の止血や手当てを必死で行った人
- 見知らぬ人を店にかくまい、シャッターを下ろして守った店員
など、「誰かを守るために動いた人たち」の姿もたくさんありました。
動機を知ることは、犯人を正当化するためではなく、
「何が起きたのかを正しく理解し、
どうすれば二度と同じ悲しみをくり返さずに済むか」を考えるため
だと思います。



