三浦璃来のシングル時代まとめ!りくりゅう誕生までの経歴

三浦璃来のシングル時代まとめ!りくりゅう誕生までの経歴 スポーツ

「りくりゅう」をきっかけに三浦璃来を知った人の中には、

「そういえば、璃来ちゃんってシングル時代はどんな選手だったの?」
「いつ、どうやってペアに転向して“りくりゅう”になったんだろう?」

と気になっている人も多いはずです。

この記事では、

  • 三浦璃来のシングル時代に何をしていたのか
  • どういう流れでペアに専念することになったのか
  • 初代ペア「りくしょう」から「りくりゅう」誕生までの道のり

を整理していきます。


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三浦璃来のざっくりプロフィール

まずは前提として、基本情報を押さえておきましょう。

  • 名前:三浦 璃来(みうら りく)
  • 生年月日:2001年12月17日
  • 出身地:兵庫県宝塚市
  • 身長:145cm(小柄なペア女子)
  • 所属:木下グループ
  • 競技:フィギュアスケート(ペア/女子シングル経験あり)

そして、今のイメージにつながる大事なポイントがこちら。

  • 5歳(2006年)のときにスケートを始めた
  • きっかけは「フィギュアスケートをするディズニーのアニメ」を見て、自分もできそうだと思ったから
  • 柔軟性を高めるために新体操、メンタルを鍛えるために空手も習っていた(どちらも短期間でやめたが、空手では回し蹴りが得意だった)

幼いころから、かなり「スケート中心の生活」をしていたことがわかります。


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シングル時代のスタート:宝塚のリンクから全国へ

小学生の頃:まずは「普通のシングル選手」として

スケートを始めたばかりの三浦璃来は、
最初はみんなと同じように「女子シングル選手」として育っていきます。

  • 宝塚から通えるリンクで練習
  • 学校が終わったらリンクへ直行
  • 休みの日は朝から晩まで滑る

そんな「リンク中心の子ども時代」だったことが、インタビューなどからもうかがえます。

全日本ノービス出場も経験

女子シングルとしての公式な戦績は、
ウィキペディアの「女子シングル」欄に、こんな記録が残っています。

  • 2014-15シーズン:全日本ノービス選手権 Aクラス 28位

数字だけ見ると、「ものすごい成績!」という感じではないかもしれません。

でも、そもそも全日本ノービスに出るだけでも相当ハードルが高い世界です。

  • 各地方の大会を勝ち上がってこないと出場できない
  • 全国から有望選手が集まる「登竜門」的な大会

なので、

「子ども時代から全国レベルの場には立っていた」

ということはしっかり押さえておきたいところです。


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シングル時代に身につけた「土台」

三浦璃来は、その後ペアに進むわけですが、
シングル時代に築いた土台があるからこそ、今の演技があります。

① スケーティングスキル(滑りの基礎)

シングルでは、一人で

  • ジャンプ
  • スピン
  • ステップ

などをこなしながら、曲を表現していきます。

ペアのようなリフトやツイストはありませんが、そのぶん、

  • 自分のエッジワーク(刃の使い方)
  • 体重移動の滑らかさ
  • スピードの出し方・止め方

といった滑りの基礎が徹底的に鍛えられます。

今の「りくりゅう」のプログラムを見ても、

  • 二人で滑っているときのスピード感
  • ステップのキレの良さ

にはシングル仕込みの基礎力がしっかり感じられますよね。

② 表現力の芯

シングル時代は、

  • 自分一人で観客を引き込まなければいけない

という意味で、表現力の責任も100%自分にあります。

小さい頃から、

  • 音をよく聞く
  • 音楽の盛り上がりに合わせて動く
  • 顔の表情まで意識する

といった経験を積んできたことが、
今の「感情が伝わるペアの滑り」にガッツリ生きていると考えられます。


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中学生の頃:ペアとの出会いと「非日常」へのワクワク

三浦璃来のキャリアの転機は、中学生の頃にやってきます。

「ペアのアクロバティックな動きが楽しかった」

2024年に放送されたドキュメンタリー番組『情熱大陸』のプロフィールには、こう書かれています。

  • ディズニーアニメをきっかけにスケートを始めた
  • シングル選手だったが、
    「ペア競技のアクロバティックで“非日常的”な動きが楽しくて、14歳でペア競技に専念した」

ここ、すごく大事なポイントです。

普通は、

  • 「怖そうだからペアはちょっと…」

と感じる選手も多い中で、

「あの非日常の動きが楽しい!」

と感じてしまうタイプだった、ということですね。

ペアに専念するという決断

14歳といえば、日本だと中学2〜3年生くらい。

  • 受験
  • 部活
  • 進路

いろんなことを考える時期に、

「シングルではなく、ペアに専念する」

という大きな決断をしたわけです。

この時点で、もう「普通のシングル選手」ではなく、

「ペアというニッチな道を選ぶ覚悟を決めた選手」

になっています。


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初代ペア「りくしょう」時代:ジュニアの世界へ

シングルと並行しながら、三浦璃来が本格的にペアの世界に入るのが2015年

市橋翔哉とのペア結成

  • 2015年、同じ練習拠点だった市橋翔哉とペアを結成
  • ペアの愛称は「りくしょう」

この「りくしょう」が、のちの「りくりゅう」につながる第一章です。

ジュニア全国制覇&国際大会へ

結成後、「りくしょう」はジュニアペアとしてぐんぐん頭角を現していきます。

  • 2015年 全日本選手権ジュニアクラス 優勝
  • 2016年 全日本選手権ジュニアクラス 2連覇
  • 2017年 メンタートルン杯(ジュニア)優勝
  • 2017年 世界ジュニア選手権 11位(SP11位/FS13位)
  • 2018年 世界ジュニア選手権 10位
  • 2018年 四大陸選手権 10位

数字だけ見ると、
「いきなり表彰台!」というわけではありませんが、

  • 日本ではほぼ敵なしのジュニアチャンピオン
  • 国際大会でも安定して10位前後につける実力

というレベルまで、しっかり成長しています。

シングル→ペアの「二刀流」から、ペアへの比重がアップ

この時期はまだ、完全にシングルを捨てたわけではなく、

  • シングルとしても練習・試合に出ながら
  • ペアとしての練習・遠征もこなす

という「二刀流」に近い状態だったと考えられます。

ですが、成績や本人の手応えを考えると、

「自分はペアの方が向いているかもしれない」

と感じる場面が増えていったのは間違いないでしょう。


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「りくしょう」解散、そして転機の2019年

順調に見えた「りくしょう」ですが、2019年7月にペアを解消します。

理由の詳細は公には語られていませんが、
ペア競技ではよくあることです。

  • 進学や環境の変化
  • ケガ
  • 目指す方向性の違い

さまざまな要素が重なって、ペアは解散することがあります。

ここで三浦璃来は、いったん

「相方のいないペア選手」

という状態になります。

  • シングルだけに戻るのか
  • 新しいペアを探すのか

普通ならかなり迷うところですが、
彼女の選択ははっきりしていました。


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りくりゅう誕生:三浦璃来から木原龍一へ「打診」

ベテラン・木原龍一との“出会い”

同じ2019年、男子ペアのエースだった木原龍一も、
それまでのパートナー・須崎海羽とのペアを解消していました。

そこで動いたのが三浦璃来。

  • 2019年、三浦が木原に「組んでみませんか?」と申し出る
  • 7月末にトライアウト(お試しで一緒に滑ってみる機会)を実施

木原は後に、

「ペアはどちらかが相手に合わせるイメージだったけど、
滑ってみたらお互い自然に合った」

という趣旨のコメントをしています。

2019年8月、新ペア結成発表

トライアウトの手応えを受けて、
2019年8月5日、木原の所属する木下グループから

「三浦璃来/木原龍一 新ペア結成」

が正式発表されます。

ここで現在の愛称、

「りくりゅう」

が誕生しました。

カナダ・オークビルを拠点に本格スタート

新ペアは、

  • カナダ・オークビル(トロント近郊)を練習拠点にする
  • コーチはブルーノ・マルコット、メーガン・デュハメルら、世界有数のペア専門チーム

という、本気の体制に入りました。

そして結成からわずか3ヶ月で、

  • グランプリシリーズNHK杯 初出場5位
  • 四大陸選手権8位

という結果を残し、
「日本ペアの未来を変えるかもしれないペア」として注目され始めます。


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シングル時代の経験は、今の“りくりゅう”にどう生きている?

ここまでが、

シングル選手 → ジュニアペア「りくしょう」 → りくりゅう結成

までの流れです。

最後に、シングル時代の経験が
今の「りくりゅう」にどうつながっているのかを整理してみます。

① シングルで培った「自分で滑り切る力」

シングル時代に身につけた、

  • ジャンプの基本
  • スピンの軸
  • ステップのリズム

といった要素は、
ペアになっても「ソロジャンプ」「スピンの入り方」などにそのまま出ます。

りくりゅうの演技を見ていると、

  • 二人の距離が離れても、璃来の滑りが弱くならない
  • 単独ジャンプでも、ペア女子とは思えないくらいしっかり回る

という“シングル力”が感じられます。

② 小柄なシングル選手から「武器としての小柄さ」へ

身長145cmという体格は、
シングルではときに「ジャンプの回転が速い」「軽やか」というメリットがある一方で、
表現面では「小さく見えやすい」という難しさもあります。

一方、ペアではこの小柄さが

  • リフトの高さ
  • ツイストの回転
  • スロージャンプの安定感

といった面で大きな武器になります。

シングル時代に、

「小柄な自分の滑りをどう見せるか」

を考え続けた経験があるからこそ、
ペアになってからも、その体格をうまく生かせていると考えられます。

③ 子どもの頃からの「スケート中心の生活」が支えているもの

ウィキペディアには、

「小学生の時点でスケート中心の生活だった」

という一文があります。

  • 授業が終わったらリンク
  • 宿題もリンクや車の中で
  • 休日はリンクに“住んでいる”ような日々

そんな積み重ねがあるからこそ、

  • ペアに専念すると決めた14歳の決断
  • 初代ペア解散という挫折
  • 海外拠点という大きな環境変化

にも耐えられたのだと思います。


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年表で振り返る:シングル時代〜りくりゅう結成まで

整理の意味で、ここまでの流れをざっくり年表にしてみます。

  • 2001年:兵庫県宝塚市に生まれる
  • 2006年(5歳):ディズニーアニメを見てスケートを始める
  • 小学生時代:スケート中心の生活に。新体操や空手も経験(柔軟性・メンタル強化)
  • 2014-15シーズン:女子シングルとして全日本ノービス選手権Aクラス出場(28位)
  • 2015年:市橋翔哉とペア結成(愛称「りくしょう」)、シングルと並行してペアにも挑戦
  • 2015〜16年:全日本ジュニアペア連覇、メンタートルン杯優勝などジュニアペアで実績
  • 2017〜18年:世界ジュニア選手権10〜11位、四大陸選手権10位など国際舞台を経験
  • 2019年7月:「りくしょう」解散
  • 2019年夏:三浦から木原龍一に打診、トライアウト実施
  • 2019年8月5日:三浦璃来/木原龍一ペア結成発表。愛称「りくりゅう」誕生
  • 以降:カナダ・オークビルを拠点に、世界選手権優勝・グランプリファイナル優勝・四大陸優勝など、日本ペア史に残る快挙を連発

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まとめ

この記事で見てきたように、三浦璃来のシングル時代は、

  • いきなり全日本トップに立つような“シングルのスター”だったわけではない
  • でも、全国大会を経験しながら、着実に滑りの基礎と表現力を積み上げてきた期間

と言えます。

そのうえで、

  • 中学生で「ペアの非日常的な動き」に惹かれ、専念を決意
  • 初代ペア「りくしょう」でジュニアペアの全国トップ&国際大会を経験
  • パートナー解消のあと、自分から木原龍一に声をかけて「りくりゅう」が誕生

という流れをたどって、
今の「世界トップレベルのペアスケーター・三浦璃来」があります。

テレビでりくりゅうの演技を見るとき、
ふと頭の片すみに

「この子は、もともと一人で全日本ノービスに出ていたシングル選手で、
そこからペアにハマって、ここまで来たんだな」

というストーリーを思い出してみてください。

同じジャンプやスピン、同じ笑顔でも、
そこにたどり着くまでの道のりを知っていると、
少しだけ違って見えてくるはずです。

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