結論から先にお伝えすると――
「テミスの不確かな法廷」は“実話そのもの”をなぞったドラマではなく、
原作小説をもとにしたフィクションです。
ただし、
- 原作者は 現役の新聞記者(司法・捜査の現場を取材してきた人) であり、
- 主人公・安堂清春には、著者の知り合いの当事者がヒントになっている と明言されています。
なので、「完全な作り話」というよりは、
“現実に近い空気をまとったフィクション” というのが一番近い表現になります。
この記事では、
- ドラマはどこまで実話なのか
- 安堂清春の「モデル」って誰なのか
- どんなところがリアルに感じるのか
を解説していきます。
テミスの不確かな法廷ってどんな作品?
まずは作品の基本情報を、ざっくり整理しておきます。
- 放送枠:NHK総合「ドラマ10」
- 放送開始:2026年1月6日(全8回予定)
- 主人公:特例判事補・安堂清春(あんどう きよはる)
- 幼い頃にASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)の診断を受けている
- その特性を周囲に隠しながら、裁判官として働いている
- 原作:直島翔『テミスの不確かな法廷』(KADOKAWA)
物語としては、
発達障害ゆえに「生きづらさ」を抱える若手裁判官・安堂が、
さまざまな事件と向き合いながら、「普通」や「正義」とは何かを問い直していくリーガルドラマ
という方向性です。
そもそも「実話なの?」と言われやすい理由
X(旧Twitter)を見ていると、
- 「リアルすぎて、これ実話?」
- 「実在の裁判官がモデルなんじゃ…?」
という声が結構あります。
そう感じてしまう主な理由は、次の3つです。
主人公の設定が“いかにも現実にいそう”
安堂清春は、
- ASDとADHDの診断を受けている
- その特性を「隠して」裁判官として働いている
- 法廷では有能だが、日常生活では“ちょっと不思議な人”に見える
というキャラクターです。
「特別な超能力で事件を解決!」みたいなドラマではなく、
“細かいことが気になってしまう視点”が事件の矛盾を見抜くきっかけになる、という描き方なので、現実にいそうに感じるんですよね。
原作者が「現役の新聞記者」
原作者・直島翔さんは、
今も現役で働いている 新聞記者 です。
司法や捜査の現場を取材してきた経験をもとに、
- 裁判所の空気
- 事件報道のリアリティ
- 法律の運用の“生々しさ”
が作品に反映されています。
「裁判所あるある」「法廷の雰囲気」を知っている人が書いているので、余計に「これ実話?」と感じやすいわけです。
法廷や裁判官室の描写がやたらリアル
ドラマの撮影現場を訪れた直島さんは、
- 法廷のセットが「実際の裁判所そのまま」
- 裁判官室には小さなテミス像が置かれていた
と語っています。
見た目も空気感も“本物っぽい” ので、視聴者としては
「これはどこかの裁判所をモデルにしているのでは?」
と考えたくなります。
結論:テミスの不確かな法廷は「実話ベースではないフィクション」
ここが一番大事なポイントです。
原作は「オリジナル小説」
まず、テミスの不確かな法廷は
- 2023〜24年に書かれたオリジナル小説 であり、
- 特定の実在事件をそのまま再現した、とは公式にはどこにも書かれていません。
あらすじを見ると、
- 市長候補が襲われた傷害事件
- 夫殺害を告白する女性教師
- 「娘は殺された」と訴える父親
など、いくつかの事件が登場しますが、
「○年○月の△△事件をモチーフにした」 といった具体的な記述はありません。
「実話をもとに」とは公式に言われていない
NHKやテレビ情報サイトの紹介文も、
- 「新聞記者・直島翔のリーガルミステリーをドラマ化」
- 「発達障害を抱えた裁判官が難解な事件に挑む物語」
という説明にとどまっていて、
「実話をもとに」や「実在の裁判官をモデルに」 といった表現は使っていません。
なので、
物語はフィクションだけど、
書いている人と取材のバックグラウンドが“ガチ”だから、
実話っぽく感じる
というのが、実態に近い見方です。
安堂清春のモデルは誰?→「著者の知り合い」がヒント
いちばん気になるのがここですよね。
原作者が語る「モデル」の存在
原作者・直島翔さんと松山ケンイチさんの対談記事の中で、
安堂清春についてこんな話が出ています。
- 安堂の歩き方を見た直島さんが「自分の知る特性のある方とそっくり」と驚いた
- そもそも その知り合いの方がヒントになって、安堂という人物が生まれた
つまり、
- 安堂清春は、著者の身近な当事者(発達障害の特性を持つ人)を参考にしたキャラクター
- ただし「実在の裁判官」ではなく、職業や経歴はフィクションとして再構成されている
と考えるのが自然です。
「実在の裁判官Aさんがモデル」ではない
少なくとも現時点で、
- 「○○地裁の△△判事がモデル」というような、
特定の裁判官の名前が公表された事実はありません。
また、日本の裁判官制度の運用を考えると、
- まだマイノリティである発達障害の診断を受けた裁判官
- その人の具体的な特性や生い立ち
を、ここまで細かく“実名ベース”でモデルにするのは、
かなりデリケートな話になります。
そのため、
実在の当事者の要素
+
著者が見聞きしてきた裁判官像
+
フィクションとしての脚色
がミックスされたキャラクターと考える方が、現実的です。
モデルになったと考えられる「3つの要素」
安堂清春は、完全な空想の人物というより、
いくつかの現実要素を組み合わせたキャラクターです。
① 著者が知っている「特性のある知人」
対談の中で直島さんは、
「私の知る特性のある方の歩き方とそっくりだった」
「その知り合いがヒントになって安堂が生まれた」
と話しています。
ここからわかるのは、
- 安堂の「身体の動かし方」「歩き方」など、
細かい所作は、実際の当事者に近い形で作られている
ということです。
ただし、その知人の方が
- 裁判官なのか
- まったく別の職業なのか
などは語られていません。
あくまで「特性のある人の一例」としてのモデルと言えます。
② 原作者の「司法記者」としての経験
もうひとつ大きなモデルは、
直島さん自身が見てきた 裁判官たちの姿 です。
- 直島さんは、司法や捜査の現場を取材してきた新聞記者で、
- 法廷でのやり取り、裁判官や検事の空気感を “生” で見てきています。
作品紹介でも、
現役新聞記者としての知見を背景に描かれている
と説明されており、
裁判官の葛藤や心情には、
実際の裁判官たちの姿が重ねられている と考えられます。
でも、それは
- 「Aさんそのまま」ではなく
- 「複数の裁判官+著者の想像力」のミックス
というイメージに近いです。
③ 実際の発達障害当事者や支援現場
松山ケンイチさん自身も、役作りのために
- 発達障害の当事者が集まるグループケアの現場を見学し
- 直接話を聞いたうえで、安堂の在り方を考えた
とインタビューで語っています。
そのため、
- 「人との距離感の取り方」
- 「安心できる場所と、社会の中での生きづらさ」
などの描写は、当事者の声にも基づいたリアリティがあります。
原作小説とドラマ版の違いから見える「フィクション性」
実話かどうかを考える上で、
原作とドラマの違い もヒントになります。
舞台となる裁判所の違い
- 原作小説:本州の西の方にある「Y地裁」という架空の地方裁判所
- ドラマ版:群馬県の 前橋地方裁判所第一支部 という設定
もし「特定の実在事件をそのままドラマ化」するのであれば、
実名・実地名をベースにしやすいですが、この作品では
地名はフィクション寄りに調整しつつ、
雰囲気や制度は現実を踏まえて描いている
という形になっています。
ドラマでは「オリジナル要素」が追加されている
ドラマ化にあたっては、
- 原作のストーリーをもとにしながら
- 登場人物の過去や“古傷”、人間関係の葛藤などが ドラマオリジナルで掘り下げられている と紹介されています。
これは、
「一つの実話」を忠実に追いかけるというより、
テーマを広げるために物語を組み替えている
ということでもあります。
実話再現ドラマの場合、
構成は「現実の事件の流れ」に引っ張られますが、
テミスの不確かな法廷は、
- 視聴者に「普通とは?」「正義とは?」を考えさせるために
- エピソードを選び直し、組み立て直している
という作り方です。
実在の事件との関係は?
現時点で公開されている情報から言えるのは、
- どれか一つの実在事件を直接モデルにした、という公式情報はない
- ただし、現実にありそうな事件の「パターン」や「構造」は、取材経験をもとにしている
ということです。
例えば、
- 政治家をめぐる傷害事件
- 家庭内の暴力や殺人をめぐる裁判
- 遺族が「法律に殺された」と感じているケース
など、報道でも時々見かけるテーマが扱われていますが、
どこか一件にピッタリ一致するわけではありません。
ここは、
「現実の裁判でよく問題になる“構図”を組み合わせたフィクション」
と理解しておくのが良さそうです。
「実話ではないけどリアル」だと感じるポイント
視聴者としては、
実話じゃないなら、単なるドラマ?
と思うかもしれませんが、
この作品の面白さはむしろ、
実話そのものではないからこそ、
現実にある“モヤモヤ”を、うまく整理して見せてくれる
ところにあります。
「普通」と「正義」を問い直す視点
作品全体のテーマとして、
- 「普通って何?」
- 「正義って誰のもの?」
という問いが、何度も突きつけられます。
- 発達障害がある人を、社会はどう見ているのか
- 法律の「正しさ」と、人間の感情の「つらさ」は、どう折り合うのか
こうした問題は、実際の社会でもたびたび議論になるテーマですよね。
「裁判官も一人の人間」という描き方
遠藤憲一さんが演じる上司・門倉茂についてのインタビューでは、
- 裁判官も「ロックな魂」を持ち、妥協できずに損をすることもある
- 実際の裁判官も人間味があり、それが役作りのヒントになった
と話されています。
「白黒ハッキリつける機械」ではなく、
迷いながら判決を書いている人間としての裁判官 が描かれている点も、リアリティにつながっています。
発達障害の描写が“万能能力”に寄せすぎていない
他の海外ドラマでは、
- 特性が“天才的なひらめき”として強調されるパターン
も多いですが、
テミスの不確かな法廷では、
- 特性による 生きづらさや困りごと
- 周囲とうまくかみ合わない コミュニケーションの難しさ
なども丁寧に描かれています。
それでも、
- 安堂の「こだわり」や「視点」が事件の矛盾を見抜く
- 彼なりのやり方で、人を理解しようともがく
というバランスが取られているため、
現実の当事者や支援者からも共感を呼びやすい構図になっています。
まとめ
あらためて、この記事のポイントを整理します。
- ドラマは実話ではない
- 特定の事件や裁判官をそのまま描いた作品ではない
- 原作は直島翔によるオリジナル小説
- ただし、現実の“素材”はたくさん使われている
- 原作者は現役の新聞記者で、司法・捜査の現場を取材してきた
- 裁判所の空気感や事件の構図には、取材から得たリアリティが反映されている
- 安堂清春には「モデル」がいるが、実在の裁判官ではない
- 著者の知人の当事者が、所作や雰囲気のヒントになっている
- 複数の裁判官像+取材経験+フィクションが混ざり合ったキャラクター
- 実話ではないからこそ、“普遍的な問い”を描けるドラマ
- 「普通とは何か」「正義とは何か」
- 「発達障害を抱えて生きる」ということを、象徴的に描いている
この記事のタイトルにある
「テミスの不確かな法廷は実話?安堂清春のモデルは?」
に対する答えを一言でまとめるなら、
実話そのものではないが、
現実の当事者・裁判官・司法の現場を土台にした、
非常に“現実寄り”のフィクション
という形になります。

