階猛さんと小沢一郎さんの関係は、ざっくり言うと
「最初は“弟子ポジション”の側近 → 震災や政局をきっかけに決別 → いまは政治的には距離がある(対立も)」
という流れになります。
ここから、時間の流れにそって整理していきます。
この記事でわかること
- 階猛さんは、本当に「小沢チルドレン」「側近」だったのか
- ふたりの関係が悪くなっていった「転機」はいつ・何だったのか
- いま現在の関係は「犬猿の仲」なのか、それとも「割り切った距離感」なのか
まずはざっくり人物関係を整理
階猛さんとは?
- 岩手県盛岡市出身の衆議院議員(岩手1区選出)
- 東大法学部 → 日本長期信用銀行 → 弁護士 → みずほ証券主任研究員という経歴
- 2007年の衆院・岩手1区補欠選挙で初当選して以来、現在まで8期連続で国会議員を務めています
民主党・民進党・希望の党・国民民主党・立憲民主党など、いわゆる「旧民主党系」政党の中で長く活動してきた人です
小沢一郎さんとは?
- 岩手を地盤とする大ベテラン政治家
- 自民党幹事長、民主党代表などを歴任し、政界再編の「仕掛け人」として知られています
この2人は、同じ「岩手」を地盤にしながら、長い間「師弟関係」に近い関係にありました。
階猛は「小沢一郎の側近」だったのか?
結論から言うと、
「かつては小沢一郎さんを“政治の師匠”とあおぎ、行動を共にした“側近グループの一人”」
と言ってよい関係でした。
政治の道に誘ったのは小沢一郎
階さん自身が、朝日新聞の言論サイト「論座」の記事で、こう振り返っています。
- 2007年、当時民主党議員だった達増拓也さんが岩手県知事選に立候補 → 岩手1区の補欠選挙が発生
- このとき、階さんを政治の道に「導いた」のが小沢一郎さんだった
- 小沢さんの「後押し」があって出馬し、当選できた、と感謝している
実際、論座の記事の中で、
- 小沢さんを「政治の師」としてあおぎ、
- 西松建設事件や陸山会事件で批判が強まったときも、側近として支えた
と、自分で書いています
また、Wikipediaでも、民主党時代に「小沢G(小沢グループ)」に属していたことが明記されています
「側近」と呼ばれていた時期
民主党政権時代、階さんは
- 総務大臣政務官を務めながら、
- 陸山会事件で逮捕された石川知裕議員らを守る「石川知裕代議士の逮捕を考える会」に参加し、
- 「議員の不逮捕特権」を盾に闘う立場を取っていました
こうした行動から、党内でも「小沢一郎の側近」「小沢チルドレンを支える1人」と見られていた時期があったと考えられます。
ですから、タイトルの問いに答えるなら、
「かつては明らかに“小沢一郎氏の側近”と呼べる立場だった」
と言ってよさそうです。
関係が変わり始めた「東日本大震災」
そんな師弟関係に「ひび」が入った大きなきっかけが、2011年の東日本大震災でした。
被災地・岩手での動き
階さんも小沢さんも、選挙区は岩手。
震災で地元が大きな被害を受けた中、階さんは復旧・復興のために走り回る日々を送った、と語っています
一方で階さんは、論座の記事の中で、
- 被災地に足を運ぶことについて、小沢さんの動きが「鈍かった」
- 被災地から「来てほしい」という声が上がっても、なかなか動かなかった
と感じていた、と明かしています
さらに同じ岩手選出で、家族を津波で亡くしながら必死に走り回っていた黄川田徹議員が、「小沢氏が被災地に来ない」とメディアにコメントすると、
- 小沢さんが黄川田氏の処分を岩手県連で検討しようとした
とされ、そのことに階さんは強い疑問と怒りを感じたと書いています
階さんはそこで、
「ここで心の絆が途切れた」
とまで表現しており、この震災対応をめぐる価値観の違いが、大きな転機になったようです。
朝日新聞のポッドキャストでも、
「小沢一郎氏によって政治に導かれたが、東日本大震災をきっかけに“心の距離”ができた」
と紹介されています
消費税増税をめぐる「離党騒動」で決定的な決別へ
続いて関係を悪化させたのが、2012年の「消費税増税」と民主党分裂です。
階猛「増税には反対だが、離党にも反対」
当時、民主党政権は消費税増税法案を進めます。
階さんは「増税そのものには反対」でしたが、同時に
- ここで離党すると、せっかくの政権交代が台無しになる
- 民主党政権が壊れ、二大政党制が遠のく
として、「離党だけはやめてほしい」と小沢さん側に強く求めた、と書いています
しかし、小沢グループは最終的に離党を決断。
階さんは
- 消費税増税法案の採決では党方針に反して反対票を投じたため、党から処分を受けつつも
- 小沢さんに預けていた離党届を「勝手に出された」として撤回し、民主党に残る道を選びました
このプロセスについて階さんは、
- 「文句は言うな。黙ってついてこい」という態度で厳しい言葉を浴びせられた
- 「もうだめだ。歩む道が違ってしまった」と感じた
と書いており、ここで「決別」したと明言しています
「刺客」騒動と、その後も続く対立
自分の選挙区に「刺客」が来た
決別のあと、小沢さんは「国民の生活が第一」を結党し、その後「日本未来の党」へ合流します。
2012年総選挙で、小沢さん側は
- 岩手1区の階さんの選挙区に、達増拓也知事の妻である達増陽子さんを「日本未来の党」公認候補として立てた
と階さんは述べ、
「明らかな刺客である」
と表現しています
同じように、黄川田徹議員のところにも「刺客」が送られたと書いており、
「言うことを聞かない人間を政治の世界から消すために全力を挙げる」
という、かつての「師」の姿を見て悲しかった、と記しています
2019年:自由党との合流に反対して離党
その後、階さんは民主党 → 民進党 → 希望の党 → 国民民主党と歩みを進めますが、2019年、再び小沢さんと対立します。
- 国民民主党と、小沢さん率いる自由党の「合流」が決まったとき、
- 階さんは「理念なき離合集散だ」として強く反対し、最終的に国民民主党を離党
します。
論座の記事のタイトルも、
「小沢一郎、細野豪志を支え、決別した階猛」
となっており、自ら「決別」と言い切っています
ここでも階さんは、小沢さんの
- 「数こそ力」という考え方
- 選挙前に政党をくっつけたり離したりする政治スタイル
が、政治不信を生んできたと批判し、自分は「政局より政策」を重視したいと述べています
2020年には裁判沙汰に発展
2020年には、関係の悪化がさらに表面化します。
- 2020年10月、立憲民主党岩手県連(代表は小沢一郎氏)が、階さんを相手取り、
- 旧国民民主党岩手県連の資金を自身の政治塾に移したとして
- 約3,300万円の損害賠償を求めて盛岡地裁に提訴した
と報じられました
週刊新潮系の報道では、
- 背景には「小沢一郎との根深い確執」がある
といった書きぶりで、この裁判を伝えています
もちろん、金銭トラブルについては裁判で争われている部分もあり、一方的にどちらかが正しいと言い切ることはできません。
ただ、「政治的な対立」が、法的な争いにまで発展している、という事実だけでも、現在の関係がかなり険しいものであることは想像できます。
それでも選挙では「現実的な協力」も
一方で、完全に「絶縁」というわけでもなく、選挙の場では、ある程度の「現実的なすり合わせ」も行われています。
2021年衆院選・岩手1区での一本化
2021年の衆院選に向けて、立憲民主党岩手県連は、当初
- 新人アナウンサー・佐野利恵さんを岩手1区の候補として擁立
する方針を打ち出していました
しかし、その後
- 連合岩手などが階さんを推薦する動き
- 党本部と県連との調整
を経て、最終的に
- 立憲民主党は、岩手1区の候補を階猛さんに「一本化」
- 佐野さんは比例単独候補になる
という形に収まりました。
このときの報道では、
- 立憲民主党の選対委員長が、岩手県連代表である小沢一郎氏と会談し、
- 階さん一本化の方針を「小沢氏が容認した」
と伝えています
つまり、
「個人としての感情や確執はあっても、選挙という現実の場面では、一定の“割り切り”や“すり合わせ”が行われている」
という側面もあると言えます。
いまの関係は?「仲が悪い?」の答え方
では、タイトルの
「階猛は小沢一郎の側近だった?今は仲が悪い?その経緯は?」
に、改めて答えをまとめてみます。
Q1. 本当に「側近」だったの?
→ 「はい、かつては“政治の師匠”としてあおぎ、側近的な立場で支えていた」と言えます。
- 政界入りのきっかけを作ったのは小沢さん
- 民主党時代は「小沢G」に属し、陸山会事件でも小沢氏を支える立場だった
Q2. なぜ関係が悪くなったの?
大きな転機になった出来事を時系列でならべると、こんな感じです。
- 2011年 東日本大震災
- 被災地・岩手での動きや、黄川田徹議員への対応をめぐり、価値観の違いが表面化
- 階さんは「ここで心の絆が途切れた」と語る
- 2012年 消費税増税と民主党分裂
- 階さんは「増税には反対だが、離党にも反対」という立場
- 小沢グループの離党に強く反対し、「決別」することに
- 2012年 総選挙で「刺客」問題
- 小沢さん側の新党が、階さんの選挙区に「刺客」と思われる候補を立てる
- 階さんは「従わない人間を政治の世界から消そうとする姿を見て悲しかった」と述べる
- 2019年 自由党との合流問題
- 国民民主党と自由党の合流に反対し、階さんは国民民主党を離党
- 小沢さんの「数こそ力」という政治スタイルに改めて疑問を示し、「決別」を明言
- 2020年 資金問題をめぐる提訴
- 小沢氏が代表の立憲民主党岩手県連が、階さんを相手取って損害賠償を提訴
- メディアでは「根深い確執」と報じられる
ここまでを見れば、「政治的には、かなり強い対立関係にある」と言ってよいでしょう。
Q3. 今は「仲が悪い」と言い切っていいの?
ここは少し慎重に言葉を選ぶ必要があります。
政治家どうしの「個人的な感情」までは、外からはわかりません。
ただし、
- 階さん自身が「決別」という言葉を使っていること
- 選挙区で「刺客」を立てられたと感じていること
- さらには裁判になっていること
を考えると、
「少なくとも政治的には、今ははっきりと“別々の道”を歩んでいる。
関係は良好とは言えず、むしろ対立・確執があると言われても仕方がない状況」
と表現するのが、いちばん現実に近そうです。
一方で、
- 2021年衆院選で階さんを岩手1区候補として一本化することを、小沢氏が「容認」したケースもある
ことから、
「完全な絶縁というより、対立しつつも、選挙など現実政治の場面では一定の“割り切り”や“すり合わせ”が行われている」
というのが、現在の関係の姿と言えるでしょう。
まとめ
最後に、この記事の内容を一言でまとめると、
「階猛さんは、かつて小沢一郎さんに政治の道を開いてもらった“弟子”であり側近だったが、
東日本大震災や民主党分裂、自由党合流問題などを通じて価値観の違いがはっきりし、
今は政治的に決別した関係。
ただし、地元・岩手の選挙では、現実的な協力が行われる場面もある」
というイメージになります。


