結論から言うと、古謝玄太(こじゃ・げんた)さんは、元総務省の官僚で、那覇市の副市長も務めた「行政のプロ」です。
そして今は、2026年秋に予定されている沖縄県知事選に挑戦する政治家として注目を集めています。
簡単に言えば「国の役所→地方の県庁→那覇市役所→そして知事選」という、かなり珍しいルートを歩んできた人です。
この記事では、出身高校や官僚時代の経歴、家族構成まで、確認できる情報を中心にわかりやすくまとめました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 古謝玄太(こじゃ げんた) |
| 生まれ | 1983年生まれ |
| 出身地 | 沖縄県那覇市(首里石嶺町) |
| 出身高校 | 昭和薬科大学附属高校 |
| 出身大学 | 東京大学 薬学部 |
| 経歴 | 総務省(2008年入省)→内閣官房・復興庁→岡山県庁・長崎県庁→民間企業→那覇市副市長 |
| 現在の肩書き | 前那覇市副市長/沖縄県薬剤師会副会長 |
| 家族 | 妻(鳥取県出身)と4女1男の7人家族 |
| 2026年の動き | 沖縄県知事選に立候補予定 |
古謝玄太さんは、1983年生まれで、沖縄県那覇市の出身です。
本人のSNSによると、那覇市の首里石嶺町の出身とのことです。
首里といえば、琉球王国の中心地だった歴史ある地域ですね。
そんな沖縄の中心で育ち、その後は東京の大学、そして国の役所へと進んでいくことになります。
古謝さんの出身高校は、昭和薬科大学附属高校です。
名前の通り、昭和薬科大学の系列にある高校で、沖縄では進学校として知られています。
この高校を卒業したあと、古謝さんは東京大学に進学しています。
沖縄から東京大学に進むというだけでも、当時からかなり勉強ができた人だったことがうかがえます。
意外に思う人も多いかもしれませんが、古謝さんが進んだのは東京大学の薬学部です。
薬学部というと薬剤師や研究者になる人が多いイメージですが、古謝さんは卒業後に官僚の道を選びました。
ちなみに、現在の肩書きのひとつに「沖縄県薬剤師会副会長」があります。
薬学部出身という経歴が、この役職にもつながっているようです。
大学卒業後の2008年、古謝さんは総務省に入省しています。
総務省は、地方自治や行政のしくみ、情報通信などを扱う、国のなかでも幅広い分野を担当する役所です。
ここから約14年間、国家公務員として働くことになります。
📌 官僚時代のキャリア一覧
- 2008年:総務省に入省
- 内閣官房:沖縄振興担当として、宜野湾市の西普天間住宅地区の跡地利用などに関わる
- 復興庁:勤務経験あり
- 岡山県庁:出向
- 長崎県庁:国際課長、財政課長などを歴任
特に注目したいのが、内閣官房での沖縄振興担当としての仕事です。
米軍基地の跡地利用という、沖縄にとって身近で大きなテーマに、国の立場から関わっていたことになります。
また、長崎県庁での勤務も経験しています。
長崎は沖縄と同じく離島を多く抱える県なので、地方創生や観光振興のノウハウを学ぶ機会だったと考えられます。
ここは本人のプロフィールに基づく事実整理であり、具体的にどのような成果を残したかまでは、公開情報だけではわかりません。
長く官僚として働いたあと、古謝さんは民間企業に転職しています。
どの企業でどんな仕事をしていたのか、詳しい社名や職種までは公開情報では確認できませんでした。
ただ、このタイミングで沖縄に戻り、政治への挑戦を意識し始めたと見られます。
2022年、古謝さんは自民党の公認候補として参議院議員選挙に立候補しています。
結果は、わずか2900票差での落選でした。
初めての国政選挙で、しかも僅差だったこの結果は、その後「善戦した候補」として評価されることになります。
実際に、後の知事選をめぐる動きのなかでも、この参院選での健闘ぶりが引き合いに出されています。
参院選での落選後、2022年の冬から古謝さんは那覇市の副市長に就任しています。
副市長というのは、市長を支えながら市の行政全体を動かしていく、かなり重要なポジションです。
この間のエピソードとして、2023年には那覇市副市長として初めて「産後パパ育休」を取得したことが紹介されています。
行政のトップクラスの立場で育休を取るというのは、当時としてはめずらしい取り組みだったと言えそうです。
2026年に入り、知事選への立候補が決まったことにともなって、副市長の職からは退いています。
古謝さんは、鳥取県出身の妻と結婚しています。
子どもは4女1男の5人で、あわせて7人家族という、なかなかにぎやかな家庭のようです。
子育てをしながら官僚や副市長を務めてきたことになるので、忙しい日々を送ってきたことが想像できます。
2026年1月、沖縄県の経済団体でつくる候補者選考委員会が、古謝さんを知事選の候補者に選びました。
これを受けて古謝さんは、「暮らしを前に進める県政を実現する」とコメントしています。
自民党や中道・保守系の政党から支援を受ける形で、現職の玉城デニー知事と争う構図になっています。
争点のひとつになっているのが、辺野古の基地移設問題です。
古謝さんは、普天間飛行場の危険性を取り除くためとして、辺野古移設を「容認する」という立場を明確にしています。
これは、移設に反対してきた玉城知事とは対照的な立場です。
なお、知事選は2026年秋に行われる予定で、この記事を書いている時点ではまだ結果は出ていません。
誰が知事になるかは、選挙が終わってみないとわからない、というのが正直なところです。
A. 総務省の官僚として国の行政に関わったあと、那覇市の副市長を務めていた人です。
A. 沖縄県内にある昭和薬科大学附属高校です。
A. 東京大学の薬学部を卒業しています。
A. 2026年秋に予定されている沖縄県知事選に、候補者として立候補する予定です。
A. これは選挙の結果次第なので、現時点では誰にもわかりません。
古謝玄太さんは、那覇市出身で、昭和薬科大学附属高校から東京大学薬学部に進んだ人です。
2008年に総務省へ入省し、内閣官房や復興庁、岡山県庁、長崎県庁など、国と地方の両方で行政の経験を積んできました。
その後、民間企業を経て2022年の参院選に挑戦し、僅差で落選したものの、その冬から那覇市副市長に就任しています。
そして2026年、副市長を退き、沖縄県知事選に挑戦することを決めました。
辺野古移設を容認する立場をとり、現職の玉城デニー知事と争う構図になっています。
結局のところ、古謝玄太さんは「国と地方の行政を知り尽くした叩き上げ」であり、その経験を武器に沖縄のトップを目指している人、というのが今の姿です。
選挙の結果がどうなるかは、これからのニュースを見守っていく必要がありそうです。

