「かんげんくん」と呼ばれていた小さな男の子が、いまは八代目・市川新之助。
歌舞伎ファンにとっては、“成田屋の未来”を背負う存在として、ますます注目が集まっています。
この記事では、
- 「かんげんくん」時代から舞台に立ってきた歩み
- 「市川新之助」を名乗るまでの襲名ストーリー
- これまでの代表的な演目と、その見どころ
を解説していきます。
市川新之助ってどんな人?まずはプロフィールから
八代目・市川新之助は、2013年3月22日生まれ。
本名は「堀越 勸玄(ほりこし かんげん)」さんです。
歌舞伎の大名跡・市川團十郎家(成田屋)の一員で、
- 父:十三代目 市川團十郎白猿(元・十一代目 市川海老蔵)
- 曽祖父・祖父も代々、市川團十郎の名を受け継ぐ大スター
という“超・歌舞伎一家”に生まれました。
2022年、歌舞伎座などで行われた襲名披露興行で、
正式に「八代目 市川新之助」を名乗り始めます。
それまでファンから親しみを込めて「かんげんくん」と呼ばれていた少年が、
一人前の歌舞伎役者として“市川新之助”という重い名前を背負うようになったわけです。
「かんげんくん」時代:2歳8か月で歌舞伎座デビュー
新之助は、ものすごく早い時期から舞台に立っています。
2015年11月『江戸花成田面影』で初お目見得
- 場所:歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」
- 演目:長唄舞踊『江戸花成田面影(えどのはな なりたのおもかげ)』
- 当時の名義:本名・堀越 勸玄
- 年齢:なんと2歳8か月!
このときは、いわゆる「初お目見得(はつおめみえ)」。
まだ本格的な長台詞というより、「お客様に顔を覚えてもらう」ステージです。
でも、
「堀越勸玄にござりまする!」
と大きな声であいさつした様子がニュースでも話題になり、
「この子が将来の團十郎になるのかな」と、多くのファンの胸をワクワクさせました。
少年時代から大役続き:主な出演演目の流れ
成長とともに、役もどんどん本格的になっていきます。
公式サイトなどで紹介されている主な舞台歴を、時系列でざっくり追ってみましょう。
2017年:白狐役で早くも“動きの芝居”に挑戦
- 2017年7月 歌舞伎座『駄右衛門花御所異聞』白狐(しろぎつね)役
白狐は、人間ではなく“きつねの精”の役。
小さな体で、素早く動いたり、しなやかに跳ねたりと、
「子どもだからカワイイ」だけでは済まない、技術のいる役どころです。
2018年:『三國無雙瓢箪久』三法師、『源氏物語』光の君・春宮
- 2018年7月 歌舞伎座
- 『三國無雙瓢箪久(さんごくむそう ひょうたんのひさ)』三法師
- 『源氏物語』の光の君、春宮(とうぐう)
ここでは、歴史物や古典文学をもとにした役に挑戦。
三法師は、戦国武将・織田信長の孫にあたる少年。
まだ幼くても“武家の子ども”としての気品が求められます。
『源氏物語』では、
貴族の若君としての品のある立ち姿や、
静かな感情表現が必要になってきます。
このころからすでに、
- 荒々しい動きのある役(白狐)
- しっとりとした公家や若君の役(光の君など)
の両方をこなす器用さが見えてきます。
2019年:長松・鳶頭・貴甘坊……「子どもでも要の役」へ
- 2019年1月 新橋演舞場
- 『極付幡随長兵衛(きわめつき ばんずいちょうべえ)』長松
- 『牡丹花十一代』鳶頭(とびがしら)
- 同年7月 歌舞伎座『外郎売(ういろううり)』貴甘坊(きかんぼう)
ここでのポイントは、「物語の中で大事なポジション」を任されていること。
- 長松は、親分・長兵衛の息子で、家庭の温かさや切なさを表す役
- 鳶頭は、江戸の粋な鳶職のリーダー格で、キビキビした踊りも見どころ
- 『外郎売』の貴甘坊は、若殿(わかとの)として、気品や存在感が求められる立場
「かわいい子役」から、「ちゃんと物語を動かす登場人物」へと、
役者としてのステージが一段上がった時期といえます。
『橋弁慶』の牛若丸で見せた身軽さ
2021年1月、新橋演舞場「初春海老蔵歌舞伎」では、能や歌舞伎でも有名な『橋弁慶』で牛若丸をつとめました。
『橋弁慶』は、
- 京の五条の橋で
- 大男の弁慶と
- まだ少年の牛若丸(のちの源義経)
が戦う、あの有名なシーンを描いた作品です。
牛若丸は、とにかく「身のこなし」が勝負。
- 手すりの上をひょいひょいと飛び回る
- 薙刀(なぎなた)の攻撃を軽やかにかわす
- 最後は弁慶を打ち負かす
という、スピード感のある立ち回りが続きます。
まだ小学生の年齢で、これだけ激しい動きと、
きれいな“見せ方”を両立させるのは簡単ではありません。
この牛若丸は、
「あ、この子は身体能力も舞台度胸もすごいな」
と多くの観客に印象づけた、重要な一役と言えるでしょう。
『夏祭浪花鑑』市松役で見せた“人情の芝居”
2022年7月 歌舞伎座では、『夏祭浪花鑑(なつまつり なにわかがみ)』の市松をつとめました。
『夏祭浪花鑑』は、大阪の夏祭りを舞台にした人情ドラマ。
江戸っ子ならぬ“大阪の男たち”の義理と人情がぶつかり合う、人気演目です。
市松は子どもの役ですが、
- まっすぐで素直な性格
- 大人たちの争いの中で、健気に生きる姿
などを通して、観客の心をじんわり動かすポジション。
にぎやかな祭りの空気の中で、
市松の存在が“素朴な温かさ”を舞台にもたらし、
物語全体に深みを与える大事な役どころです。
新之助は、その市松を、
- かわいさだけでなく
- 気丈さや、子どもなりの責任感
まで感じさせる演技で務め上げました。
いよいよ「市川新之助」へ:襲名が延期され、そして実現するまで
本来、新之助の「初舞台&襲名」は2020年に予定されていました。
しかし、新型コロナウイルスの影響で公演が延期に。
そこから約2年の時間を経て、
ついに2022年、歌舞伎座での襲名披露興行が実現します。
2022年11月・12月 歌舞伎座での襲名披露
KABUKI WEBの公式発表では、
襲名披露に合わせて上演された主な演目が紹介されています。
11月公演(歌舞伎座)
- 『外郎売(ういろううり)』
- 外郎売に姿を変えた曽我五郎を、新之助がつとめる
- 『勧進帳』
- 弁慶を父・十三代目團十郎が担当
『外郎売』は、歌舞伎十八番のひとつで、
早口の長いセリフ(口上)が有名な演目です。
新之助はここで、
若武者・曽我五郎として堂々とした立ち姿を見せ、
“家の芸”の中心に一歩踏み出しました。
12月公演(歌舞伎座)
- 『毛抜(けぬき)』
- 公家屋敷の家老・粂寺弾正(くまでら だんじょう)を新之助がつとめる
『毛抜』もまた歌舞伎十八番の一つ。
髪が逆立つ不思議な現象から、陰謀を見破る痛快な物語です。
ここで新之助が演じる粂寺弾正は、
子どもとは思えないほど“豪快で頼りがいのある男”の役。
- 腰をどっしり落とした立ち姿
- キレのある見得(きめポーズ)
- 声の張り方
など、「将来の團十郎」を意識させる大役でした。
全国をまわった襲名披露ツアーと大阪松竹座での大千穐楽
襲名披露は、東京だけでは終わりません。
- 2023年12月:京都・南座
- 2024年10月:大阪松竹座「十月大歌舞伎」
と、2年かけて全国をめぐる“長い旅”となりました。
大阪松竹座での公演は、
「市川海老蔵改め 十三代目市川團十郎白猿襲名披露
八代目 市川新之助初舞台 『十月大歌舞伎』」
として行われ、『連獅子』などの演目で、
親子そろって華やかな舞台を見せています。
2024年10月26日、この大阪での公演が千穐楽を迎え、
2年にわたる襲名披露興行の大団円となりました。
親子公演「伝承への道」で見せた成長
2023年には、「市川團十郎・ぼたん・新之助 成田屋親子『伝承への道』」という公演も行われました。
この公演は、その名の通り「伝統を次の世代へ伝える」ことがテーマ。
新之助が踊った『鳶奴(とびやっこ)』
- 演目:長唄舞踊『鳶奴』
- 解説を見ると、もともとは七代目・八代目團十郎が踊って評判をとった作品で、
子どもの舞踊の手ほどき曲として人気になったとあります。
鳶奴は、
- 主人の使いの帰り道に
- 鳶(とび)に初鰹をさらわれて大騒ぎする奴(やっこ)
の、コミカルで元気な踊り。
- 奴らしい大きな身振り
- 走り回るようなステップ
- おどけた表情
など、“明るくて勢いのある芝居”が求められます。
この曲を、新之助が一人でしっかり踊りきることは、
「團十郎家が受け継いできた芸を、次の世代もしっかり身につけていますよ」
という、観客へのメッセージでもあります。
代表演目を通して見える「新之助らしさ」
これまで紹介してきた演目をまとめて眺めてみると、
新之助の“持ち味”が少し浮かび上がってきます。
1. 身軽さとスピード感:『橋弁慶』牛若丸
牛若丸で見せた、
欄干に飛び乗ったり、素早くかわしたりする身のこなし。
子どもの頃から体を使った芝居を得意としているのが分かります。
2. 品のある立ち姿:『源氏物語』『外郎売』貴甘坊
貴族の若君や、殿様の子どもを演じるときに必要なのは、
- 背すじをすっと伸ばした姿
- 一歩一歩の歩き方
- ふとした表情の柔らかさ
といった「静かな美しさ」です。
これは、将来、團十郎として大きな役を演じるときにも欠かせない要素。
若いうちからこの“品の良さ”を身につけているのは、大きな強みと言えます。
3. コミカルな表現:『鳶奴』などの舞踊
『鳶奴』のように、少しおどけた役もきちんとこなせるのが新之助の魅力。
- お客様を笑わせる表情づくり
- 音楽にぴったり合わせたテンポのいい動き
ができる役者は、シリアスな芝居も、明るい芝居も両方こなせる“万能タイプ”になりやすいです。
4. 「家の芸」ど真ん中の大役:『外郎売』『毛抜』
歌舞伎十八番は、市川家にとって特別なレパートリー。
- 『外郎売』の曽我五郎
- 『毛抜』の粂寺弾正
といった、成田屋の看板ともいえる役を、
すでに「市川新之助」として経験しているのは、
将来の團十郎を意識した非常に大きなステップです。
これからの市川新之助に期待できること
まだ10代前半の新之助ですが、
ここまでの歩みを見るだけでも、
- 長い歴史を持つ“成田屋の芸”をしっかり受け継いでいる
- そのうえで、自分なりの明るさや柔らかさもちゃんと持っている
ということが分かります。
今後は、
- 荒事(あらごと)と呼ばれる、力強いヒーロー役
- 義太夫狂言のような、重厚なドラマ性のある役
- さらに、現代的な新作歌舞伎や海外公演
など、挑戦の場がますます広がっていくはずです。
もちろん、まだ子どもですから、
私たち観客としては、
「どんな大人の役者に育っていくんだろう?」
と温かく見守りつつ、一本一本の舞台を楽しむのがいちばんですね。
まとめ:かんげんくんから新之助へ──“未来の團十郎”へのプロローグ
最後に、この記事のポイントを整理しておきます。
「かんげんくん」時代から舞台を見てきた人にとっては、
今の「市川新之助」は、まさに“成長物語の途中”。
これからも、一本一本の舞台を通して、
どんな表情を見せてくれるのか。
襲名までの歩みと代表演目を知っておくと、
次に新之助の名前を見たとき、
きっと今までよりも何倍も舞台が楽しめるはずです。

