「桃田賢斗って、何をした人なの?」
「やらかしたって聞くけど、何をやらかしたの?」
名前だけなんとなく知っている人にとっては、
- 世界一のバドミントン選手
- でも「過去に不祥事を起こした人」
という、ちょっとモヤっとしたイメージがあるかもしれません。
この記事では、
- そもそも桃田賢斗とは、どれくらいすごい選手なのか
- 「やらかし」と言われる不祥事は、何をしたのか
- そこからどうやって世界の頂点に返り咲いたのか
- さらに、その後に起きた大事故と、引退までのストーリー
を、時系列で整理していきます。
桃田賢斗ってどんな人?まずは「すごさ」を知っておこう
最初に、「やらかし」より前に、どれだけすごい選手だったのかを知っておきましょう。ここを知らないと、後の「どん底」と「大逆転」の重みが伝わりません。
日本男子バドミントン史上、トップ中のトップ
桃田賢斗(ももた けんと)さんは、香川県出身のバドミントン選手。
種目は男子シングルスで、日本男子を代表するエースとして長く活躍してきました。
主な実績をざっくり並べると、
- 世界選手権 2連覇(2018年・2019年)
- アジア選手権 2連覇(2018年・2019年)
- ワールドツアー・スーパーシリーズなど国際大会で多数優勝(2019年は年間11勝で記録更新)
- 日本男子シングルス史上 初の世界ランキング1位(2018年)
と、「日本男子史上最強」と言っていいレベルの選手です。
2018年9月から2021年11月まで、世界ランキング1位の座を3年以上キープしたことも大きなポイントです。
バドミントンを詳しく知らない人にわかりやすく言うなら、
「大谷翔平級の実力を持つ、日本バドミントン界の“顔”」
こんなイメージに近いと思ってOKです。
「何をやらかしたの?」──2016年の違法賭博問題
では、本題の「やらかし」についてです。
ネットで「桃田賢斗 やらかし」「桃田賢斗 何した」と検索されている一番の理由は、2016年の違法賭博問題です。
違法カジノ店での賭博行為が発覚
2016年、リオデジャネイロ五輪の有力なメダル候補として期待されていたタイミングで、
「国内の違法カジノ店などで賭博行為をしていた」という報道が出ます。
- 違法営業のカジノ店・スロット店で賭博行為
- 回数や金額も少なくなかったと報じられる
こうした行為は、日本の法律に違反するだけでなく、日本代表選手としての信用も大きく損なうものです。
日本バドミントン協会の処分内容
この問題を受けて、日本バドミントン協会は桃田選手に対し、厳しい処分を下しました。
- 無期限の試合出場停止(日本代表も、国内外の大会も出られない)
- 日本代表からの除外
- 所属先(NTT東日本)からの減給・謹慎などの処分
さらに重かったのは、
ほぼ確実視されていた リオ五輪出場が取り消し になったこと
です。
「もう金メダル候補だ」とまで言われていた中でのスキャンダルだったので、世間のショックも非常に大きいものでした。
なぜここまで「やらかし」が話題に残り続けるのか
この不祥事は、単なる“ちょっとした問題”ではありませんでした。
- 若くして日本のエース
- しかもメダル最有力候補
- そのタイミングでの違法賭博発覚
ということで、
「天才が自分でキャリアを壊してしまった」
というイメージが強く刻まれてしまったのです。
そのため、今でもニュースで名前が出るたびに、
「そういえば、やらかした人だよね?」と検索されるわけですね。
反省の日々と復帰──「本当に自分が変わらなければ」
処分が決まった後、桃田さんは試合はもちろん、表舞台から完全に姿を消します。
ひたすら反省と練習の日々
無期限出場停止の間、彼は
- 世間からの批判
- 自分への怒り・後悔
- 「なぜあんなことをしてしまったのか」という問い
と向き合うことになります。
その一方で、
「もう一度バドミントンで信頼を取り戻したい」という思いも強くあったと、後のインタビューで語っています。
約1年で出場停止が解除、コートへ戻る
2017年、日本バドミントン協会は会議を開き、
桃田選手の無期限出場停止処分を 2017年5月で解除する ことを決定します。
ここから、彼の「再出発」が始まります。
- 国内大会から少しずつ出場
- 以前のような派手な結果ではなくても、着実に勝利を積み上げる
- 「態度」「生活面」も含めて、信頼回復に努める
という地道な歩みです。
完全復活どころか、世界の頂点へ──大逆転ストーリー前半
不祥事でどん底まで落ちたはずの桃田選手ですが、
復帰後の数年は、まさに「大逆転ストーリー」と呼べる内容でした。
世界選手権2連覇&世界ランキング1位
復帰からしばらくすると、彼は再び国際大会で勝ち始めます。
- 2018年 世界選手権 優勝(日本男子シングルス史上初)
- 2019年 世界選手権 連覇
- 2018年9月 日本男子シングルスとして初の世界ランキング1位
さらに2019年は、国際大会で年間11勝を挙げ、
それまでの年間最多優勝記録(10勝)を塗り替えています。
世界バドミントン連盟(BWF)からは、
男子最優秀選手賞にも選ばれ、名実ともに「世界No.1プレーヤー」となりました。
「天国と地獄を行き来した10年間」
スポーツ雑誌などでは、
桃田選手のこの10年を「天国と地獄を何度も味わった」と表現しています。
- 若くして世界のトップクラスへ
- 不祥事でどん底へ
- そこから世界最強までのし上がる
という、ドラマのようなアップダウンの激しさです。
もう一度、どん底へ──2020年マレーシア交通事故
しかし、物語はここで終わりません。
またしても、予想もしていなかった「悲劇」が起こります。
マレーシアでの大事故
2020年1月。
マレーシアで行われた国際大会「マレーシアマスターズ」で優勝した翌日、
空港へ向かう車に乗っていた桃田選手は、交通事故に巻き込まれます。
- 高速道路で、乗っていたワゴン車が大型トラックに衝突
- 運転手は亡くなってしまうほどの大事故
- 桃田選手も、顔面を中心に大きなケガ
報道によると、桃田選手は
- 顎や眉間の裂傷
- 鼻の骨折
- 全身打撲
- 右目の眼窩底骨折(目の奥の骨が折れる大けが)
などを負い、手術や長期治療が必要な状態になりました。
見え方の違和感・恐怖心との戦い
事故後は、単に「痛い」「怖い」だけではなく、
- 物が二重に見える
- シャトルがはっきり見えないことがある
- コートに立つのが怖い
といった、競技者として致命的な影響にも悩まされます。
一度は世界の頂点まで上り詰めた人間が、
またしても「ゼロに近い地点」からやり直さなければならなくなったのです。
東京五輪とその後──思うようにいかない現実
ファンやメディアは、
「それでもきっと、桃田ならまた完全復活してくれる」と期待していました。
しかし、現実はそう簡単ではありませんでした。
東京五輪でのまさかの敗退
新型コロナウイルスの影響で1年延期された東京五輪(2021年)。
開催時点でも桃田選手は世界ランキング1位。
誰もが「金メダル候補」と見ていました。
しかし、結果はまさかの 1次リーグ敗退。
- 思うように体が動かない
- ミスを怖がってしまう
- 本来の攻撃的なプレーが出せない
試合後のインタビューでは「自分のふがいなさを痛感した」と涙ながらに語っています。
不調が続き、「最強の桃田」とは別人のような成績に
東京五輪後も、世界選手権や国際大会で早期敗退が続きます。
もちろん、それでも日本トップレベル、世界上位で戦っていることには変わりありません。
ただ、以前の
「圧倒的すぎて試合にならないレベルの強さ」
を知っている人からすると、どうしても“別人”のように見えてしまう時期が続きました。
それでも、国内の全日本総合選手権では何度も優勝し、日本国内ではいまだにトップクラスの実力を見せていました。
日本代表引退と「第二の人生」──コーチ兼任へ
そして2024年、1つの区切りが訪れます。
2024年、日本代表からの引退を発表
2024年4月、桃田賢斗選手は記者会見を開き、
日本代表からの引退を発表しました。
- 代表としての活動はここで終了
- 所属のNTT東日本の選手としてはプレーを続ける
- 同時に、コーチも兼任して若手の指導にもあたる
といった形で、バドミントン人生の新しいステージに進むことになります。
インタビューでは、
- 「充実した代表人生だった」
- 「事故後は、思うように見えない部分もあった」
- 「今は穏やかな気持ちでバドミントンと向き合えている」
といった言葉を口にしています。
今後は「教える側」としての桃田賢斗に期待
2025年時点では、NTT東日本で
- 現役選手としてのプレー
- コーチとしての指導
を両立させながら、バドミントンに関わり続けています。
「世界最強だった男」が、今度は新しい世代を世界へ送り出す側に回る。
これもまた、一つの「大逆転ストーリー」の続きと言えるでしょう。
結局、桃田賢斗は「何をした人」なのか?
ここまでの内容を整理すると、
「桃田賢斗って何をした人?」という質問には、こう答えられます。
① バドミントン界の歴史を変えた「天才」
- 日本男子で初めて世界選手権を制覇し、2連覇まで達成した人
- 日本男子シングルス初の世界ランキング1位
- 2018〜2019年にかけて、世界の頂点に立ち続けた人
つまり、
日本男子バドミントンの歴史を作った、超一流のトップアスリート
というのが、まず1つ目の顔です。
② 違法賭博という大きな過ちを犯した人
同時に、
- 国内の違法カジノ店などで賭博行為を行い
- 無期限出場停止になり
- リオ五輪出場をふいにした
という、大きな過ち(やらかし)をした人でもあります。
この不祥事があったからこそ、今でも「何したの?」と検索され続けているわけですね。
③ そこからはい上がり、再び世界一になった人
しかし、その後のストーリーも同じくらい重要です。
- 処分期間中に反省と練習を重ね
- 出場停止が解けると、国内外の大会で結果を出し
- 世界選手権2連覇、世界ランキング1位に返り咲く
という、「漫画か?」と思うような大逆転を見せた人でもあります。
④ さらに大事故と不調を経験し、それでも前を向いた人
そして、
- マレーシアでの大きな交通事故
- 東京五輪でのまさかの敗退
- 思うように戻らないコンディション
といった新たな試練に直面しながらも、
日本代表として最後まで戦い抜き、今はコーチ兼任として次の舞台に進んでいる人です。
「やらかし」のイメージだけで終わらせるには惜しすぎる
もちろん、違法賭博という行為は決して軽くありません。
「やらかした」のは紛れもない事実であり、批判されても仕方のない行動でした。
ただ一方で、
- その後にきちんと処分を受け
- 反省し、行動を改め
- 誰よりも厳しい目線にさらされながら
- 再び世界の頂点まで上り詰めた
というプロセスもまた、彼の物語の一部です。
「失敗した人間が、2度と立ち上がれないわけじゃない」
ということを、身をもって証明した存在でもあります。
まとめ
最後に、この記事のポイントを簡単にまとめます。
「何をやらかしたの?」という視点だけでなく、
「そこからどう生きたのか」 まで知ると、桃田賢斗という人の見え方はかなり変わってきます。
不祥事も、栄光も、挫折も、再起も、すべてひっくるめて一人のアスリートの人生。
そう思いながら、ニュースやインタビューを見てみると、また違った感情がわいてくるはずです。
