ここ最近、スキージャンプ界で一気に名前が広まったのが
日本代表の二階堂蓮(にかいどう・れん)選手です。
2026年1月、ドイツとオーストリアで行われる伝統大会「スキージャンプ週間(フォー・ヒルズ)」のインスブルック大会で、ワールドカップ初優勝。日本中のニュースでも大きく取り上げられました。
「この若さでどんな学生時代を送ってきたの?」
「どこの小学校・中学校・高校出身なの?」
そこでこの記事では、
- 出身小学校・中学校・高校
- それぞれの時代にどんな経験をしてきたのか
- そこから、どんな“スキージャンプ人生”が見えてくるのか
をまとめていきます。
二階堂蓮のプロフィールとざっくり経歴
まずは、基本情報をざっくり整理しておきます。
- 名前:二階堂 蓮(にかいどう れん)
- 生年月日:2001年5月24日
- 出身地:北海道江別市
- 所属:日本ビールスキー部(NIPPON BEER)
- 出身校:東海大学(中退)
家族については、
- 父:二階堂 学さん(元スキージャンプ選手。1991年世界選手権に出場)
- 3きょうだいの末っ子(上に姉と兄)
と報じられています。
ジャンプの成績で見ると、
- 高校時代:全国高校総体(インターハイ)優勝
- その後も国内大会で優勝を重ね、2020年代前半からワールドカップに参戦
- 2025-26シーズン:インスブルックでW杯初優勝
と、「日本の新エース候補」としてぐっと存在感を高めています。
では、そんな彼の「出身小学校・中学校・高校」を、それぞれの時代のエピソードといっしょに見ていきましょう。
出身小学校:江別市立大麻泉小学校
― スキージャンプとの出会い
小学校は「江別市立大麻泉小学校」
二階堂蓮選手の出身小学校は、
江別市立大麻泉(おおません)小学校(北海道江別市)
です。
江別市は札幌市のとなりにある街で、冬は雪も多く、スキーなどのウィンタースポーツに親しみやすい環境です。
小学2年生でスキージャンプをスタート
スキージャンプを始めたのは、小学2年生のとき。
- きっかけは、元ジャンパーである父・学さんの存在
- 8歳の冬、札幌ジャンプスポーツ少年団に入り、本格的にジャンプを始めた
というエピソードが紹介されています。
同年代の子が「サッカーを始めた」「野球チームに入った」という感覚で、
二階堂選手は「ジャンプ少年団」に入ったわけですね。
小さい頃から“運動神経おばけ”
小学生のころの蓮選手は、とにかく体を動かすのが大好きな子どもだったそうです。
- 自宅の木枠につかまってぶら下がって遊ぶ
- 体操教室で、鉄棒から手を離さず100回以上もぶら下がり続ける
- 「負けずぎらい」で、できるまで何度も挑戦する
こうしたエピソードからも、身体能力の高さとメンタルの強さが伝わってきます。
実は「習い事だらけ」の多才な子ども時代
面白いのは、スキージャンプ一本ではなく、いろいろな習い事をしていたことです。
報道やインタビュー記事によると、
- 野球
- ソフトテニス
- ピアノ
- 水泳
- バドミントン
- アルペンスキー
など、びっくりするくらいたくさんの習い事をしていたそうです。
いろんなスポーツ・音楽にふれたことが、
- バランス感覚
- 体の使い方
- リズム感
- 集中力
など、ジャンプにも生きていると考えられます。
すでに「世界一になる」と決めていた小学生時代
さらにすごいのは、小学生の頃からの目標が「世界一になること」だった、という話。
小学生のときに、
「自分は世界一になりたい」
と本気で思えるメンタルの強さ。
それをずっと胸に持ち続けて、今、ワールドカップで優勝するレベルまで来ているわけですから、言葉の重みが違います。
出身中学校:江別市立大麻東中学校
― 全国中学2位で頭角をあらわす
中学校は「江別市立大麻東中学校」
二階堂蓮選手の出身中学校は、
江別市立大麻東(おおまあずま)中学校
とされています。
江別市内で、小学校と同じ「大麻(おおあさ)」地区の学校ですね。
小学校からの友達も多い、地元の中学校というイメージです。
習い事をしぼり、「ジャンプ一本」に
先ほど紹介したように、小学生の頃は本当にたくさんの習い事をしていました。
しかし、中学生になるタイミングで、
「自分が一番好きなのはジャンプだ」
と気づき、スキージャンプ一本にしぼって打ち込む決断をしたと紹介されています。
中学生でここまでしっかり「優先順位」をつけて決められるのは、かなり珍しいことですよね。
- いろいろやってみたからこそ「ジャンプが一番好き」とわかった
- 好きなことに全力で取り組むために、他を手放した
という流れは、子どもの習い事を考える大人の目線から見ても、すごく参考になるポイントです。
中学2年生で全国中学2位の成績
中学生になると、成績面でもぐっと頭角をあらわしていきます。
新聞報道によると、
- 江別大麻東中2年のとき、全国中学大会で2位という成績をおさめている
中学2年生といえば、まだ14歳前後。
その年齢で「全国2位」というのは、すでに世代トップクラスの実力と言っていいでしょう。
このあたりから、
- 「全国でも有名なジュニア選手」
- 「将来が楽しみなホープ」
として、スキー関係者の間では名前が知られる存在になっていったと考えられます。
出身高校:北海道下川商業高校
― “スーパー高校生”と呼ばれた黄金期
高校はスキージャンプの名門「下川商業高校」
中学を卒業した二階堂選手は、進学先として
北海道下川商業高等学校(通称:下川商業・下川商高)
を選びます。
下川商業高校は、ジャンプファンのあいだではおなじみのスキージャンプの名門校です。
- 北海道上川地方の下川町にある商業高校
- これまでにも多くのジャンプ選手を輩出
- 学校としてジャンプに対する理解とサポートが厚い
という環境で、まさに「ジャンプを極めたい選手」が集まる高校と言えます。
高校時代は“スーパー高校生”と呼ばれるほどの実績
二階堂選手はこの下川商業高校で、まさに“覚醒”したと言っていい結果を残します。
特に大きいのが、
- 高校3年生のとき、第69回全国高等学校スキー大会(インターハイ)で優勝
という快挙です。
さらに報道では、
- 高校生の頃からワールドカップ代表に選ばれ、「スーパー高校生」と呼ばれていた
と紹介されています。
普通、高校生がワールドカップの舞台に立つこと自体がかなり特別なことです。
その中でインターハイ優勝、ジュニア大会優勝など、国内でもトップレベルの成績を連発していきました。
インターハイ優勝で見せた“格上”の自信
インターハイ優勝を報じた記事の中では、
「ほかの高校生より格上だと証明できた」
と、本人がコメントしたというエピソードも残っています。
この言葉だけ切り取ると少し強気に聞こえますが、
- 日々の努力と結果への自信
- 自分の実力に対する正直な感覚
があってこそ言える一言です。
日本代表として世界と戦っていく選手には、それくらいの“メンタルの強さ”も必要なのだと感じさせられます。
大学進学と中退、そしてプロの世界へ
記事タイトルは「小学校・中学校・高校まとめ」ですが、流れとして大学以降の話も少しだけ整理しておきます。
東海大学へ進学するも、「ジャンプ一本」へ舵を切る
高校卒業後、二階堂選手は
東海大学に進学します。
しかし、コロナ禍の影響もあり、
- 学業との両立が難しくなった
- 「ジャンプに集中したい」という思いが強くなった
ことから、2年生に進級する前に大学を中退したと報じられています。
「せっかく大学に入ったのにもったいない」と感じる人もいるかもしれませんが、
- 自分の人生で何を一番大事にするか
- どのタイミングで勝負に出るか
を考えた上での決断だったのでしょう。
日本ビールスキー部で環境が整い、成績も上向きに
大学を離れた二階堂選手は、現在は
日本ビールスキー部(NIPPON BEER)に所属しています。
報道によると、
- 以前はアルバイトで活動費を稼ぎながら競技を続けていた時期もある
- 日本ビールのスキー部に入り、競技に集中できる環境が整ったことで、成績もぐっと伸びた
とされています。
環境の変化が、そのまま結果につながっているのがよくわかります。
そしてW杯初優勝へ
そこから、
- 2022年:サマージャンプのグランプリで初優勝
- 2023年以降:国内外の大会で優勝・表彰台が増える
- 2026年:インスブルック大会でワールドカップ初優勝
と、まさに“階段を一段ずつのぼるように”成果を積み上げてきました。
学校ごとに見る「二階堂蓮のスキージャンプ人生」
ここまでの内容を、学校ごとにざっくり整理してみます。
小学校(江別市立大麻泉小)
- 北海道江別市で育つ
- 小学2年生で札幌ジャンプスポーツ少年団に入り、ジャンプを始める
- 野球・テニス・ピアノ・水泳・バドミントン・アルペンスキーなど、多くの習い事を経験
- 小さい頃から「世界一になる」と決めていた
いろんな経験の土台の上に、「ジャンプが一番好き」という気持ちが育った時期。
中学校(江別市立大麻東中)
- 習い事を“ジャンプ一本”にしぼる決断をする
- 中学2年で全国中学大会2位という成績をおさめ、全国レベルの選手になる
「好きなことに集中する」と決めて、結果もついてきたタイミング。
高校(北海道下川商業高校)
- スキージャンプの名門・下川商業高校に進学
- 第69回全国高等学校スキー大会(インターハイ)で優勝
- 高校生ながらW杯代表にも選ばれ、“スーパー高校生”と呼ばれる
名門校の環境の中で、自分の実力を一気に全国レベルから世界レベルへと引き上げた時期。
「どこの学校に行ったか」よりも大事なこと
ここまで、小学校・中学校・高校と順番に見てきましたが、二階堂選手の歩みを見ていると、
どこの学校に行ったか以上に、
「その時期に何を感じて、どう決めてきたか」
がとても大事だったことがわかります。
- 小学校:とにかくいろいろやってみて、自分の「好き」を見つける
- 中学校:「ジャンプ一本」でいくと決断し、集中する
- 高校:ジャンプに本気で向き合える環境(名門校)を選び、そこで結果を出す
- 大学・社会人:進路を自分で選び直し、ジャンプ中心の生活へ舵を切る
という流れは、スポーツに限らず、
- 仕事の選び方
- 習い事や副業の選び方
- 子どもの進路の考え方
にもヒントをくれるように感じます。
まとめ
最後に、この記事のポイントをまとめておきます。
二階堂蓮選手の出身校
- 小学校:江別市立大麻泉小学校(ここでジャンプを始める)
- 中学校:江別市立大麻東中学校(全国中学2位で全国レベルに)
- 高校:北海道下川商業高校(インターハイ優勝、“スーパー高校生”と呼ばれる)
その後の進路・現在
- 東海大学に進学するも、「ジャンプに集中する」ために中退
- 日本ビールスキー部に所属し、国内外で優勝を重ね、2026年インスブルック大会でワールドカップ初優勝
小さな頃から「世界一になる」と口にしてきた選手が、
いま本当に世界のトップレベルで戦っている——。
その背景には、
- たくさんの習い事で広げた可能性
- 中学生で「ジャンプ一本」を選んだ決断
- 名門高校での厳しい環境
- そして自分の進路を自分で選び直す勇気
がつまっています。
これから、さらに世界の大きな舞台で活躍するたびに、
「江別の大麻泉小から始まった」「大麻東中・下川商業で育った」一人の少年の物語は、
きっと多くの子どもや大人の心を動かしていくはずです。
二階堂蓮選手のこれからのジャンプ人生にも、注目していきたいですね。

