「箱根駅伝ですごい走りをした早稲田の山口智規(やまぐち とものり)って、どんな中学時代だったんだろう?」
結論から言うと、山口選手の中学時代は、
- 平日は野球と陸上を行ったり来たり
- 週末は陸上の大会で県トップレベルの成績
- 将来は「野球か?陸上か?」と本気で迷っていた
という、かなりハードで濃い「二刀流」の日々でした。
この記事では、
- 山口智規選手の基本プロフィール
- 通っていた中学「銚子市立第二中学校」のこと
- 中学時代の野球と陸上の両立生活
- そこからどうやって陸上一本に決めたのか
- 「二刀流」の経験が、今の走りにどうつながっているのか
を解説していきます。
山口智規ってどんな選手?簡単プロフィール
まずはサクッと、今の山口選手の姿をおさえておきましょう。
- 名前:山口 智規(やまぐち とものり)
- 生年月日:2003年4月13日
- 出身地:千葉県銚子市
- 出身中学:銚子市立第二中学校(銚子二中)
- 出身高校:学法石川高校(福島県)
- 所属:早稲田大学 競走部・長距離ブロック
- 主な種目:1500m、5000m、10000m、ハーフマラソン
- 自己ベストの一例:
- 1500m:3分38秒16
- 5000m:13分16秒56
- 10000m:27分52秒37 など
高校・大学では、
- 高校時代:5000mで高校歴代3位となる13分35秒16をマーク
- 大学時代:日本選手権1500mで2位、クロカン日本選手権優勝、箱根駅伝・全日本大学駅伝・出雲駅伝でも活躍
と、日本トップクラスの中・長距離ランナーになっています。
ただし、ここまで読んで
「ずっと陸上一本でやってきた“ガチランナー”なんでしょ?」
と思った人も多いはず。
ところが、中学までは“野球がメイン”で、陸上は同時進行だったんです。
通っていた中学は「銚子市立第二中学校」
銚子の海風の中で育ったランナー
山口選手は、千葉県の最東端にある銚子市の出身です。
- 小学校:銚子市立高神小学校
- 中学校:銚子市立第二中学校(通称:銚子二中)
銚子二中は、現在は統合されて「銚子中学校」となっていますが、山口選手が通っていたころは「銚子二中」として存在していました。
地元の電力会社の「銚子アスリートプラン」でも、
高神小学校出身、銚子市立第二中学校出身の長距離選手として紹介
されていて、まさに「銚子が生んだスターランナー」という位置づけになっています。
実は「野球少年」だった中学時代
リトルシニアで本気の野球
インタビューによると、山口選手は小学校3年生から野球を始めたと話しています。
中学では、
- 学校:銚子二中
- 所属チーム:匝瑳(そうさ)リトルシニア(硬式野球チーム)
- ポジション:ショート(内野の要)
という形で、部活動ではなく、外部の本格的な硬式野球チームでプレーしていました。
匝瑳リトルシニアは、千葉県内でも知られた強豪チームで、プロ野球・阪神タイガースの及川雅貴投手も在籍していたチームです。山口選手は、その2学年下の後輩にあたると言われています。
それだけ聞いても、「本気でプロ野球選手を目指していた野球少年」というイメージが湧きますよね。
練習は「野球週4+陸上週2」の超ハード生活
では、その一方で陸上はどうしていたのか?
ここがまさに、“二刀流”の原点です。
インタビューでは、山口選手は中学時代について、だいたいこんな生活だったと語っています。
- 火曜・水曜:中学校の陸上部で練習
- 木曜・金曜:匝瑳リトルシニアで野球の練習
- 土日:陸上の大会に出場することも多い
つまり、
「平日は野球と陸上の練習を行ったり来たり」
「週末は大会で走る」
という、かなりタイトなスケジュールでした。
普通なら、どちらか一つに絞りたくなりますが、
- 野球では硬式チームでレギュラー争い
- 陸上では県大会レベルで結果を出す
という状態で、どちらも“中途半端”ではないレベルまで頑張っていたのが、山口選手のすごいところです。
銚子二中での陸上成績|すでに「県トップクラス」
中学の記録会の結果を見ると、山口選手は銚子二中の選手として、1500mや3000mなどの種目で県の大会に出場していました。
公開されている記録や記事を総合すると、
- 中学3年の時点で、1500m・3000mともに県トップクラス
- 駅伝でも上位争いをする存在
だったことがわかります。
野球だけでも大変なレベルなのに、
陸上でもここまで結果を出しているのはかなり異例です。
ある意味、
「本気で取り組むことを、二つ同時にやってしまった」
タイプの中学生だった、と言えるかもしれません。
なぜ高校で「陸上一本」を選んだのか
高校進学でも「野球か陸上か」で大きく迷う
中学卒業のタイミングで、山口選手は進路を本気で迷っています。
- 野球:県内の強豪校から声がかかっていた
- 陸上:すでに県トップクラスで、伸びしろも大きい
どちらを選んでも、全国レベルを目指せる位置にいたからです。
ここで大きかったのが、
- 早稲田大学へのあこがれ
- お父さんからの一言
だと言われています。
「早稲田に行きたいなら、陸上はどうだ?」
インタビューによると、山口選手は中学の頃から、
「いつか早稲田大学で学びたい、スポーツをしたい」
という思いを持っていたそうです。
そこで、お父さんから
「早稲田に行きたいなら、陸上で学法石川高校(福島)に行くという選択肢もあるんじゃないか」
という提案がありました。
学法石川高校は、言わずと知れた長距離の名門校。
ここで本気で陸上に取り組めば、
- インターハイ
- 高校駅伝
- そこから大学駅伝、世界大会へ
というルートが現実的になります。
山口選手自身も、
「自分は陸上のほうが伸びるかもしれない」
と感じていたといいます。
こうして彼は、
- 野球の道ではなく
- 銚子を離れて福島の学法石川高校に進み
- 陸上一本で勝負する
という決断をしました。
「二刀流」経験が、今の走りにどう生きている?
では、中学時代の野球×陸上の二刀流生活は、今の山口選手の走りにどうつながっているのでしょうか。
インタビュー内容や一般的なトレーニングの知識を踏まえて、「こういう点が生きているはず」というポイントを整理してみます。
① ショートの守備で鍛えられた「一歩目の速さ」
ショートは、
- 打球判断の速さ
- 一歩目の反応
- 前後左右の細かいステップ
がとても重要なポジションです。
この動きは、そのまま
- スタートダッシュのキレ
- ペースチェンジの瞬間的な加速
- コーナーでのスムーズな足さばき
に生きていると考えられます。
レースの動画を見ると、山口選手は集団の中からスッと前に出る動きがとてもスムーズです。
これは、野球で身についた全身の連動した動きが大きく関係していそうです。
② 野球で培った「投げる・打つ」の体幹と上半身
野球は「走る」だけでなく、
- バットを振る
- ボールを投げる
といった動作を通じて、体幹や上半身の筋力もかなり使います。
長距離ランナーでも、
- 腕振りの強さ・リズム
- 体幹の安定
- 最後のラストスパート
には上半身の力が欠かせません。
中学時代からバランスよく全身を使ってきたことは、
今の安定したフォームや終盤まで落ちないスピードにつながっていると考えられます。
③ チームスポーツで学んだ「メンタル」と「声かけ」
野球はチームスポーツです。
- エラーしても、すぐ切り替えて次のプレーに入る
- 仲間と声をかけ合って、試合の空気を変える
- ベンチからの一声で、流れが良くなることもある
こういった「メンタル面」「コミュニケーション」の感覚は、
駅伝のチームキャプテンとしても大きな強みになっているはずです。
実際に山口選手は、早稲田大学競走部で駅伝主将を務めており、
走力だけでなくチームをまとめる役割も担っています。
「野球で培ったチーム感覚」が、
大学駅伝の場でも生きていると言って良いでしょう。
中学時代から見える「山口智規」という人柄
具体的なエピソードはすべてが公表されているわけではありませんが、
インタビューや戦績から見えてくる人柄のポイントを、中学時代にさかのぼって整理してみます。
① とにかく「負けず嫌い」
- 野球でもレギュラー争い
- 陸上でも県トップクラス
という二刀流を続けていた時点で、かなりの負けず嫌いです。
「どちらか一方だけやって、それなりの結果で満足する」
という選択もあったはずですが、
- どちらもやり切る
- どちらも上を目指す
という姿勢は、中学時代からすでに見えていたように感じます。
② ハードスケジュールをこなすタフさ
火水は陸上、木金は野球、土日は大会、という生活は、
普通の中学生からするとかなりハードです。
それでも続けられたのは、
- 体力的なタフさ
- 「スポーツが好き」という純粋な気持ち
があったからこそと言えるでしょう。
③ 地元・銚子とのつながりを大事にしている
大学生になってからも、
- 銚子二中を会場にしたランニングセッションイベントに参加し、子どもたちと走る
- 地元メディアのインタビューで、銚子での思い出を話す
といった活動をしています。
「銚子から世界へ」という思いを、
自分一人だけのものではなく、後輩たちにもつなげようとしている姿勢がうかがえます。
山口智規の中学時代から、私たちが学べること
では、山口選手の中学時代から、
私たち大人や、今まさに進路に悩んでいる中高生が学べることは何でしょうか。
① 好きなことは「一つに絞らなくてもいい」時期がある
中学生くらいの年齢で、
- 「部活を一つにしぼらなきゃダメかな」
- 「あれもこれも中途半端になりそうで不安」
と悩む人は多いと思います。
山口選手の例を見ると、
- 中学時代はあえて「二刀流」を続ける
- 高校で本格的に「陸上一本」にしぼる
という「迷いながらも、自分のペースで決めていく」流れをたどっています。
最初から完璧に一本化しなくても、
「やってみてから決める」
「続ける中で、自分が伸びそうなほうを選ぶ」
というプロセスでもいいんだ、と教えてくれているように感じます。
② 「環境を変える覚悟」が、大きな成長を呼ぶ
山口選手は、
- 地元・千葉から離れて
- 陸上の名門・学法石川高校に進学し
- そこから一気に全国レベルのランナーになりました。
地元に残る選択肢もあったはずですが、
「強い環境に飛び込む」
「早稲田に行くために、今やるべきことを選ぶ」
という、覚悟のいる決断を中学卒業時にしています。
これはスポーツに限らず、
- 仕事で転職する
- 学び直しのために学校に入り直す
- 新しい土地に移住する
といった、私たち大人の人生にもそのまま当てはまるメッセージです。
③ 「遠回り」に見える経験が、あとで一つにつながる
野球と陸上の二刀流生活は、一見すると遠回りにも見えます。
しかし実際には、
- 野球で身につけたフットワークや体幹
- チームスポーツで培われたメンタルやコミュニケーション
- 忙しい中で時間をやりくりする力
が、すべて今の陸上キャリアを支えています。
「あのときの経験、意味あったのかな?」
と感じるようなことも、
後から大きな武器に変わる可能性がある——。
山口選手の中学時代は、そんなことを教えてくれるストーリーでもあります。
まとめ
最後に、この記事の内容を簡単にまとめます。
銚子の海風の中で育った一人の「野球少年」が、
陸上との出会いと、二刀流の経験を経て、
今では世界を見据えるトップランナーになりました。
もしあなたが、
- 部活や進路で「どれを選ぶべきか」迷っている中高生なら
- 仕事や人生の方向性に悩んでいる大人なら
山口智規選手の中学時代のように、
「いま好きなことを、とことんやってみる」
「迷いながらでも、一歩ずつ前に進む」
という生き方を、少しだけ自分ごととして重ねてみてもいいかもしれません。



