不動奈緒美さんは何者?経歴・学歴を一気にチェック
結論から言うと、不動奈緒美さんは「建築を学んだのにITにハマり、保険業界でDXを推進し、未経験だった自動車業界でいきなり社長になった」という、かなり異色の経歴を持つビジネスパーソンです。
2023年8月、ボルボ・カー・ジャパンの代表取締役社長に就任し、同社初の女性トップとして話題になりました。
この記事では、そんな不動さんがどんな学生時代を過ごし、どんな道のりで社長にまでたどり着いたのかを、できるだけわかりやすくまとめていきます。
まずはプロフィールをひと目で
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 不動 奈緒美(ふどう なおみ) |
| 出身 | 北海道 |
| 学歴 | 1991年 米メリービル大学(メアリービル大学)卒業 |
| 専攻 | 建築(在学中にCADと出会いITへ関心が移る) |
| 現在の肩書き | ボルボ・カー・ジャパン株式会社 代表取締役社長(2025年12月末で退任予定) |
| 主な経歴 | ボストンのIT企業→日本のソフト・コンサル会社→アクサ生命保険→マニュライフ生命保険→ボルボ・カー・ジャパン |
年齢については本人や会社から公式に発表された情報が見当たらないため、はっきりしたことは分かりません。
1991年に大学を卒業していることから逆算すると、一般的な卒業年齢であれば50代後半くらいと推測できますが、あくまで推測の域を出ない点はご了承ください。
学生時代は「建築専攻」だった
意外に思われるかもしれませんが、不動さんは大学でずっとITを学んでいたわけではありません。
専攻していたのは建築で、将来はそちら方面に進むつもりだったようです。
ところが在学中、キャンパス内にあったIBMのラボでインターンをしたことがきっかけで、「CAD」と呼ばれる設計用ソフトウェアに出会います。
ここでITの面白さに目覚め、卒業後は建築ではなくIT分野でキャリアをスタートさせることになりました。
「建築を学んだつもりが、いつのまにかパソコンの前に座っていた」というのは、なかなか珍しい進路変更ですよね。
アメリカに残って迎えた社会人1年目
1991年に大学を卒業した不動さんは、そのまま日本には帰らず、ボストンのソフトウェア開発会社に就職します。
留学から始まったアメリカ生活が、そのまま就職につながった形です。
この時期については詳しい業務内容までは公表されていませんが、ソフトウェア開発の現場で実務経験を積んだことは間違いありません。
結果として、アメリカでの生活は約9年間に及びました。
帰国後は日本のソフト・コンサル業界へ
1998年ごろ、不動さんは日本に帰国します。
帰国後は都内のソフトウェア会社に勤務し、その後コンサルティング会社も経験しました。
この期間には、航空会社や金融企業のシステム導入プロジェクトにも携わっていたと報じられています。
アメリカで身につけたIT・ソフトウェアの知識を、日本のビジネス現場で実践に移していった時期といえそうです。
アクサ生命保険でDXの中心人物に
2010年4月、不動さんはアクサ生命保険に入社します。
ここで担当したのが、今では当たり前になった「保険契約のタブレット手続き」など、業務プロセスのIT化でした。
2014年には変革を指揮する専門部署「トランスフォーメーションオフィス」が設置され、不動さんはそのトップを務めることになります。
執行役員にまで昇進しましたが、本人いわく、上司との関係に悩んだ時期でもあったそうです。
その困難を乗り越える過程でコーチングと出会い、それが後のリーダーシップにも生きているとインタビューで語っています。
マニュライフ生命保険への転職
2018年12月、不動さんはマニュライフ生命保険に入社します。
アクサ生命からの転職ですが、ここでも引き続きDX関連の業務に携わっていたとみられます。
ただし、マニュライフ生命保険時代の具体的な役職や業務内容について、詳しく報じている記事は見当たりませんでした。
この点は無理に断定せず、「在籍していた」という事実だけをお伝えしておきます。
未経験の自動車業界へ!ボルボ・カー・ジャパン入社
2021年5月、不動さんはボルボ・カー・ジャパンに入社します。
自動車業界での勤務は、これが初めてでした。
それでも採用に至ったのは、生命保険会社時代に培ったDX推進の実績とリーダーシップが高く評価されたためです。
ちなみに、最初に就職した会社の上司がボルボに乗っていたことがきっかけで、以前からボルボというブランドに馴染みがあったというエピソードも語られています。
入社後は「ダイレクトトゥーコンシューマーオペレーション本部長」として、顧客体験の向上やデジタル化を推進していきました。
入社からわずか2年強で社長に、そして「役職廃止」
2023年8月17日、不動さんはボルボ・カー・ジャパンの代表取締役社長に就任します。
入社からわずか2年強というスピード昇格で、同社としては初の女性社長となりました。
就任直後には新型BEV「EX30」の発表会が控えており、緊張のあまり「自分が何を話したのか記憶がないくらい」だったと振り返っています。
社長就任後にまず取り組んだのが、社内の「役職の廃止」でした。
「パーパスの推進に、役職は要らない」という考え方のもと、組織のあり方そのものを見直したことが報じられています。
社長就任までの主なポイント
- 入社からわずか2年強で社長に昇格
- 自動車業界の経験はゼロからのスタート
- ボルボ・カー・ジャパン初の女性代表取締役
- 就任後すぐに「役職廃止」に着手
2025年12月末での退任と、その後
2025年12月12日、ボルボ・カー・ジャパンは新社長の人事を発表しました。
不動さんは2025年12月末をもって社長を退任することになります。
後任には、ボルボ・カーのアジア太平洋地域責任者であるエドソン・イシカワ氏が2026年1月1日付で就任し、日本法人の社長を兼務する形になります。
退任の理由や、不動さん自身の今後の進路については、2026年8月時点で公式な発表は見当たりません。
わからないことを無理に決めつけるのは避けたいので、この点は「今のところ不明」とお伝えしておきます。
経歴を年表でまとめて振り返る
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1991年 | 米メリービル大学卒業。ボストンのソフトウェア企業に入社 |
| 1998年頃 | 日本に帰国。ソフトウェア会社、コンサルティング会社に勤務 |
| 2010年4月 | アクサ生命保険に入社 |
| 2018年12月 | マニュライフ生命保険に入社 |
| 2021年5月 | ボルボ・カー・ジャパンに入社 |
| 2023年8月17日 | ボルボ・カー・ジャパン代表取締役社長に就任 |
| 2025年12月末 | 社長を退任 |
よくある質問
Q. 不動奈緒美さんの出身大学はどこですか?
A. アメリカのメリービル大学(メアリービル大学)です。1991年に卒業しています。
Q. もともと自動車業界にいた人なのですか?
A. いいえ、2021年にボルボ・カー・ジャパンに入社するまで、自動車業界での勤務経験はありませんでした。
Q. なぜ社長を退任することになったのですか?
A. 2025年12月末での退任は発表されていますが、理由の詳細までは公表されておらず、はっきりしたことはわかりません。
Q. 家族構成や結婚しているかどうかは公表されていますか?
A. 公式なプロフィールとしては公表されていないため、この記事でも触れていません。
まとめ
不動奈緒美さんは、大学で建築を学びながらCADとの出会いをきっかけにIT分野へ進み、アメリカでのキャリアを経て日本へ帰国、生命保険業界でDXの実績を積み上げた人物です。
2021年に未経験だった自動車業界へ飛び込み、わずか2年強でボルボ・カー・ジャパン初の女性社長にまで上り詰めました。
2025年12月末での退任が発表されていますが、その後の進路や退任理由については、現時点でわかっていることはありません。
今後、新しい動きがあれば、この記事も改めて更新していきたいと思います。

