守島正(もりしま ただし)議員の名前をニュースで見て、
「維新を離党して、除名されて、自民の会派に入ったってどういうこと?」
「大阪2区の議員として、これからどうなるの?」
とモヤモヤしている人も多いと思います。
この記事では、
- 守島正議員がどんな経歴の人なのか
- なぜ日本維新の会を離党し、除名にまでなったのか
- そのあと、なぜ自民党の衆院会派に入ったのか
- 大阪2区の有権者として、どこを見ておけばいいのか
を整理していきます。
※あくまで各種報道をもとにした整理であり、「正解」を決めつけるものではありません。
守島正議員ってどんな人?【大阪2区】
まずは、人物像をサクッとおさえておきましょう。
そして現在は、
- 衆議院議員(2期目)
- 小選挙区:大阪2区(阿倍野区・生野区・東住吉区・平野区など)選出
という立場です。
もともと「大阪維新のど真ん中」で政治をしてきた人で、大阪ローカルでは名前を知っている人も多いタイプの議員と言えます。
なぜ維新を離党したのか?【きっかけは新執行部への不満】
2025年9月8日「離党届を提出」
2025年9月8日、守島議員は、
- 阿部弘樹議員(比例九州)
- 斉木武志議員(比例北陸信越)
の3人で、日本維新の会に離党届を提出しました。
このときの説明として報じられているポイントは、
- 8月に新しく発足した藤田文武・共同代表ら新執行部の党運営に不満がある
- 維新が結党当時の「イデオロギーによらない改革政党」から、
「保守政党」へと変わってしまっているのではないか - 「全国政党として、国民全体のための改革をやるべきなのに、
大阪の状況に特化した動きが強くなっている」
といった点でした。
要するに守島議員側から見て、
「維新はもっと“全国のための改革政党”でいてほしいのに、
大阪中心の動きや、保守色が強い方向に行ってしまっている」
という違和感が限界までたまっていた、という説明です。
大阪2区から見た「全国政党」と「大阪偏重」
守島議員は大阪2区の小選挙区議員です。
- 「大阪発の政党」である維新のブランドを背負いながらも、
- 国政政党として全国で戦うべき、という問題意識があった
と報じられています。
このあたりは、
- 「大阪ローカルに特化した政党でいい」という考え方
- 「いや、国政に出てる以上、全国政党として振る舞うべき」という考え方
がぶつかるポイントで、同じ維新の中でも見方が分かれやすい部分です。
なぜ「除名」までされたのか?【維新側の理由】
「離党届を出した」だけなら、そこまで大きな騒動にはならなかったかもしれません。
しかし結果として、3人は「除名処分」になりました。
9月17日:離党届は「受理せず」、代わりに除名処分
日本維新の会は、2025年9月17日に、
- 守島正議員
- 斉木武志議員
- 阿部弘樹議員
の3人を除名処分とすることを決定しました。
報道によると、処分理由としては、
- 離党届は受理せず、「除名(もっとも重い処分)」とした
- 他の所属議員に対して離党を促すような働きかけをしていたと判断した
などが挙げられています。
政党にとって、「仲間を引き連れての離党」は、党の分裂につながりかねない大きな問題です。
維新側は、これを重く見た、ということになります。
「除名になったら議員辞職する」誓約書とは?
ここでさらに話をややこしくしているのが、「誓約書」の存在です。
日本維新の会の吉村代表は、
3人の自民会派入りが報じられた際、
「除名した場合は、議員辞職するという誓約書を3名とも、公認のときに出しています」
「本来の筋なら、議員辞職をして議席を維新に返すべきだ」
と発言しています。
つまり維新側の主張は、
- 公認して当選させている
- しかも「除名されたら議員辞職します」と本人が約束している
- なのに辞職せず、別の会派に行くのは「筋が違う」
というものです。
一方で、法律面だけを見ると、
- 日本の法律には「政党から除名されたら自動的に議員辞職」というルールはない
- 国会議員の身分は、あくまで有権者との契約であって、政党との契約ではない
というのが一般的な理解です。
つまり、
法律的には、3人が議員を続けること自体は違法ではない。
ただし「約束」や「道義」という観点からどう見るかは、
有権者一人ひとりの判断にゆだねられている。
という状態になっています。
無所属になった後の動き:「改革の会」→「有志・改革の会」→再び「改革の会」
新会派「改革の会」を結成
維新を除名されたあと、3人はそのまま議員辞職する道は選ばず、
衆議院で新しい会派「改革の会」を立ち上げました。
- 政党としては「無所属」
- しかし国会内では「改革の会」というグループで動く
というスタイルで、「改革」を看板に掲げて活動を続けます。
「有志・改革の会」に合流するも、すぐに解散
その後、他の無所属議員が所属していた会派「有志の会」と合流し、
「有志・改革の会」という会派を作った時期もありました。
しかし、
- 首相指名選挙で、誰に投票するか
- 今後、どの政権と距離を取るか
などをめぐって考え方に違いが出て、
この「有志・改革の会」は約2週間ほどで解散します。
再び「改革の会」に戻り、首相指名で自民・高市氏を支持
会派が解散したあとは、再び3人で「改革の会」を再結成。
そして2025年10月の首相指名選挙では、
自民党の高市早苗総裁に投票する姿勢を明確にしました。
この時点で、3人はすでに
「野党側」ではなく、「自民寄り」の立ち位置
をはっきりと取り始めていたと言えます。
なぜ自民会派入りしたのか?【与党の過半数と「安定」の論理】
2025年11月28日:「自民党の会派に合流」で合意
2025年11月28日、3人は自民党の鈴木俊一幹事長らと会談し、
自民党の衆院会派に入ることで合意しました。
これにより、
- 自民党会派:199議席
- 日本維新の会会派:34議席
- 合計:233議席(衆議院465のちょうど過半数)
となり、与党会派は約1年ぶりに過半数を回復した形になります。
3人側が語っている理由
報道などで伝えられている、3人側の説明としては、
- 物価高騰対策など、これから出てくる予算や法案を通すためには
「政権を安定させる必要がある」 - そのため、与党側の会派に入り、予算や法案を“支える側”に回る
といった趣旨の発言が紹介されています。
守島議員はもともと「改革」を掲げてきた政治家ですが、
「改革を進めるには、野党として批判するだけでなく、
与党側に入って実行した方が早い」
という考えに重心が移った、と見ることもできます。
自民・維新連立政権との関係
ちょうど同じ時期、自民党と日本維新の会は連立政権を組むことで正式に合意し、
高市早苗内閣が発足しています。
- 自民+維新の「自維連立政権」が誕生
- 政府としても「政治の安定」を前面に出している
そうした中で、3人が自民会派に入ることは、
「自民と維新を中心とした新しい与党体制を、
衆議院の数の面からも支える役割を担う」
という意味合いを持ってきます。
維新・野党側からの見方:「筋が違う」「有権者への裏切りか?」
吉村代表「本来なら議員辞職すべき」
一方、日本維新の会の吉村代表は、3人の自民会派入りについて、
- 「本来なら議員辞職をして、議席を維新に返すべきだ」
- 「除名されたら議員辞職するという誓約書を出している」
- 「それをせずに自民会派に入るのは、筋が通っていない」
と強い言葉で批判しています。
ネット上でも、
- 「維新批判をして出ていったのに、結局与党側に行くのか」
- 「比例で当選した議員が、別の党に行くのは“議席の持ち逃げ”では?」
といった厳しい意見が多く見られます。
大阪2区有権者から見た「3つの問い」
大阪2区の有権者の立場に立って考えると、
今回の一連の動きは、次のような問いにつながります。
- 「維新を信じて投票した人の思い」と、今回の行動はどう関係するのか?
- 「維新の候補だから入れた」という有権者の気持ちと、
その後の離党・除名・与党会派入りをどう結びつけて考えるか。
- 「維新の候補だから入れた」という有権者の気持ちと、
- 「全国政党としての改革」と、「大阪2区の暮らし」のバランス
- 守島議員は「大阪偏重」を批判していましたが、
今度は「自民+維新連立政権の一員に近い立場」から、
地元にどういうメリットを持ち帰るのか。
- 守島議員は「大阪偏重」を批判していましたが、
- 次の選挙でどう判断するか
- 議員の身分は法律上、任期まで続きますが、
最終的な評価は次の衆院選での一票に委ねられます。
- 議員の身分は法律上、任期まで続きますが、
この記事では「どちらが正しい」と断定はしません。
大事なのは、
「自分はどう感じるか?」
「次の選挙で、どういう行動を取るか?」
を、情報を集めたうえで一人ひとりが決めていくことだと思います。
まとめ
最後に、ここまでの流れをコンパクトにまとめます。
- 守島正議員は「大阪維新のど真ん中」から出てきた大阪2区の衆院議員
- 大阪市議3期、維新の政調会長などを務めた「維新ど真ん中」の人だった。
- 2025年9月:新執行部の党運営や「大阪偏重」「保守色の強まり」への不満から離党届を提出
- 維新が「全国政党としての改革政党」からずれていると感じた、と説明。
- 維新側は離党届を受理せず、除名処分に踏み切る
- 他の議員への離党働きかけなどを「反党行為」と判断。
- 公認時の「除名されたら議員辞職」という誓約書も問題に。
- 無所属の「改革の会」→「有志・改革の会」→再び「改革の会」へ
- 途中で他の無所属会派と合流するが、首相指名などをめぐる路線の違いで短期間で解散。
- その後、高市早苗氏を首相に推す姿勢を明確にし、「与党寄り」のポジションを取る。
- 2025年11月:自民会派入りで、与党会派の過半数回復に貢献
- 自民会派199+維新会派34=233議席で、衆院の過半数。
- 3人側は「予算や法案を通すため政権を支える」と説明。
- 維新・野党側は「筋が違う」「議員辞職すべき」と強く批判
- 誓約書や有権者との約束をどう考えるかが、最大の論点になっている。
守島正議員は、
- 維新の中での立場
- 全国政党か、大阪中心政党か
- 改革政党か、保守連立の一角か
という大きな流れの中で、自分なりの「選択」をしてきたと言えます。
その結果、
- 維新の看板と「維新で当選した」という信用の一部を失い、
- 一方で、自民+維新連立政権を「数の力」で支える位置を得た
とも言えます。
大阪2区の有権者としては、
- 地元の課題(物価、雇用、子育て、高齢者、インフラなど)に対して、
自民会派入り後の守島議員が何を実現しようとしているのか? - 維新離党〜除名〜自民会派入りという一連の流れを、
自分はどう評価するのか?
この2点を、これからのニュースや国会での発言、地元での活動を見ながら、
じっくり考えていくことになると思います。

